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※ 「あら、外にいらしたんですか? (つき)さんの所に?」  どう見ても一軒家にしか見えなかった車庫から戻り、立派な玄関を通るとすぐに冬生二葉(ふゆきふたば)の顔と声が迎えた。ヒムラの印象では品の在る、おしとやかな女性と受け取っていたが、ここに来てどうやら彼女は動き回るタイプの女性のようだ。浴衣姿で小走りするのも慣れた様子で乱れた様子もない。つまり常にこうなのであろうか、きっと動き方を心得ているのだろう。  そういえば、家族全員が浴衣姿で揃っている。自分達が来る前に祭りにでも遊びに出たのか、それとも、これが裕福な人間の習わしとか、なんだか、そういうものなのだろうか。 「鵡川(むかわ)さん達から場所を聞いて出ていました」 「やだ、私ったら傘一つ用意もしないで、濡れてしまったでしょう?」 「必要でしたらこちらから伺いました。探していましたか」 「ええ、そうなの。奈津(なつ)先生にお話して、残ってもらうようにしたの。本当は今日は帰る日の予定だったのだけれど、お話したらいて下さるって」 「帰らない日もあるってことですか?」 「必要に応じてですが、殆どこの家で暮らしていますよ」  ヒムラの問いに答えたのは冬生二葉(ふゆきふたば)の凛とした声ではなく、少し鼻にかかった男の声だった。 「奈津(なつ)です。憲三(けいぞう)さんに雇われて、秋知(あきち)さんの家庭教師をしています」  現れたのはやっとお目にかかった、ここまで誰かの口伝てで名ばかり聞いた彼だった。  見た目の印象から年齢は二十代半ば頃であろうか。背こそヒムラとカケルの間という所だが、印象はマチに似た、どこか掴み所のないものだった。異様に真っ黒な髪から覗く開ききらないような目元に見える活力のなさが、マチの空気感とよく似ていた。 「秋知(あきち)さんの呪いの話ですよね」  数歩進み、奈津(なつ)冬生二葉(ふゆきふたば)と並び一行と対峙した。ヒムラから見える奈津(なつ)の、マチと合わせられたはずのその目は何か、仄暗く虚ろささえ感じる。覇気を感じないとか、そういったものとは少し違う。違和感というにも何か違って、正しく当てはまる表現が思い浮かばないことこそが違和感の正体のような気がした。  その目が、マチを見た高さから上がってカケルを見て、何故か止まった。気づいたヒムラがカケルを見るとその目を向けられた本人もその意図を介してはいないようで少し、困った表情を返すばかりであった。奈津(なつ)の目は警戒や怪訝さから向けられているようには思えない。これは、なんであろうか。 「僕が秋知(あきち)さんの家庭教師になって三年になりますが、呪いの件を聞かされたのは二年目の年です。秋知(あきち)さん本人からその話を聞きましたが、正直今になってもそれが現実であるのかすら。僕にはあまり状況がわかりませんが、お役に立てるのでしたら。秋知(あきち)さんをよろしくお願いします」  奈津(なつ)はその、少しばかり頼りない首を垂れ、僅かに頭を下げた。同時に冬生二葉(ふゆきふたば)も頭を下げると自分でもよくわからないがヒムラが恐縮してしまった。「あの、大丈夫ですから」と口から出た言葉がこのよくわからない空間に濁っていくようで、早く誰かこの場を切り上げてはくれないものかと頼りの二人を見たが、一人は未だに「何か」をしていて、一人は何故か、小首を傾げていた。今、目の前に下げられた頭と自分がよく似ていることにでも気が付いたのだろうか。なにかとても不思議そうに、その、異様に真っ黒な髪を眺めていた。
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