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※  夕食の準備で忙しい二人を除いて、この家に関わる人間には会い終わった。その後は少々家の中を歩き回りもしたが、なにか、これといって怪しく思えるものも見当たらなかった。  例えば、こんな時には身内や近しい人間が元凶の場合も多い。けれどそんな材料も現物も見当たらない。秘密にされているような部屋もなく、隠されている様子もなかった。けれど、それこそも怪しい。マチは宿泊する部屋に戻るなりため息を吐いてベッドに座り、額を押さえた。かき上げる金と黒の混じりあった髪が梅雨の湿気の所為で少しだけうねって、跳ねたまま残った。 「なにもないのがおかしいとはよくあるが、ここまでなにもないか」  聞いていた話と違う、マチが初見でそう見えた通りに探りを入れても辻褄が合わないのだろう。ヒムラには呪いの存在を確認出来やしないが、マチにはどうやらその形すらも見えているらしい。これまでの経験からそう判断出来ている。けれど、この家を回って、どうやらマチはその存在を掴めていない。呪いというものは見えてもその大元が見えない、その所為で焦点を当てるべきものが定まらない、恐らく、今はそんな状況なのだ。  苛立つマチの足が揺れ、サイズの合わない、大きなスリッパがぱかぱかと音を鳴らしていた。  考え込むマチはどこかを睨みつけていて、その視線の先に自分がいないだけで有難いものだが、それでもやはり張り詰めた空気には変わりない。ヒムラはこんな時にはと救難信号を乗せた目をカケルに向けたのだが、そのカケルも少々困った顔をしていた。同様にこの空気に堪えかねているのかと思ったが、少しばかり違う。どこか、悲し気にも見えた。 「そうだね、僕もおかしいと思うよ」 「カケルさんも? なんで?」  久しぶりに聞いたカケルの言葉に、ヒムラは意図を図れず困惑した。大きな窓に寄せられた椅子に座るカケルの元へと寄り、小さな丸いテーブルを挟んで座り、ヒムラは向かい合った。 「冬生(ふゆき)さん達は散々を尽くしてマチ君に辿り着いたはずがこれまで呪いに対してなにをして来たのか、ひとつも口に出していないし、(つき)さんは呪いの話を秋知あきちさんの話にしてしまうし、奈津(なつ)さんは秋知(あきち)さん本人から聞いていてそもそも旦那さんが雇う時に話してはいなかった。秋知(あきち)さん本人も、尽くしてきたはずの両親がその、〝呪い〟を解く為になにかしたのを、見たことがないんじゃないかな。それが優しさだとしても、ちょっと、それはおかしいよね」 「でも、(つき)さんも病院に通ったのは本当のことみたいだし……」 「そう、呪いだってわかっているのに、病院に頼り切ったんだよね。もう、ずっとそうだってわかっているはずなのに」  ヒムラは吸い込んだ息を吐き出すことが出来ず、苦しくなった。どうしてここまで気が付かなかったのだろう。  冬生憲三(ふゆきけいぞう)二葉(ふたば)も、この家に続くものを把握している。しているのに医療に頼り続け、呪いを解こうとそれなりの行動を起こしていないのではないか。していないから、その言葉も彼等からは出ない、出せないのだ。  呪いの供養をしたと話したのは八代前の行動のみ、そして当の彼等は、医療に頼った。冬生憲三(ふゆきけいぞう)本人の口から出た通り、この家に起きることは二百年もの長い間続き、それは確実に起こることとなり果てているはず。医療でどうにか出来るとは、思ってもいないはずなのだ。  けれど、冬生二葉(ふゆきふたば)は「灰色」を頼った。ここで遂に医療以外の、専門に手を出した。娘の命が、もう、すぐにでも消えかけるような時期になって、やっと。  もしも秋知(あきち)の身を案じてのことならば、その誕生の瞬間には既に手を打ち始めていたはず。だが、彼等が呪いに焦点を当てた専門家に手を出したのは、まさに秋知(あきち)の命の終わり際。  それはつまり、秋知(あきち)の為ではなく、それ以上に〝そうしなければならない〟または〝そうしたい〟事案が発生したからなのではないか。 「……呪いを終わらせるのが目的で秋知(あきち)さんを助けることが目的ではないってこと……?」 「もしかしたら、そうなのかもしれないね」  この状況でのカケルのこの笑顔はあまり心に良いものではなかった。それは先程、秋知あきちが見せた表情のように、まるで慈雨のようなものに見えてしまうからだ。  マチがずっと機嫌が悪い理由がよくわかった。〝見えない〟ことに苛立っているのも、焦りなのかもしれない。〝見える〟マチには秋知(あきち)の命の残量すらも予想がついているのかもしれない。一刻を争う、なのに、平気で「嘘をつく」人がいる。  大きな窓の外は透明な壁で隔てられた所為で現実味がない。あちらの世界は濡れていて、こちらの世界とはまるで別世界のようだ。  こんな風に、秋知(あきち)はいつも外の世界を見ていたのだろうか。 「それにね、マチ君に言われた通り、僕は家の中を観察したんだけど、〝そんなに大切な〟娘さんなのに、家の中のどこにも、彼女の写真ひとつも見当たらなかったんだ」  カケルの生温い声が、ほんの少し乾いたようにも聞こえる。  急に、指先がちりちりとして少しだけ痛みすら感じた。  秋知(あきち)の命よりも大切なものの為、秋知(あきち)の命が理由にされている。
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