17人が本棚に入れています
本棚に追加
13
※
とんでもなく豪勢な料理が目の前に配膳されていった。お寿司があるのにお刺身もあって、庶民的な煮物があってもその隣にはなんの貝かわからないものがあったり、かと思えば洋風の料理も幾つか並んで、もうとんでもない。
和も洋も関係なく織り交ぜられた様はこの家とよく合うが、料理はさて、どうなのだろう。腹の中で混じれば同じか、それとも混乱するだろうか。そもそも食材自体が既に高級そうで、食べ慣れないものに腹をおかしくしてしまいそうだ。今、蟹が食卓に運ばれた。これはもう、下すのが確定したのかもしれない。
「さあさ、折角ですから楽しんで下さい! 沢三谷さんの料理は本当に美味いんです。今日は無理言っていつも以上に張り切ってもらってしまいましたが、きっと癖になる程美味いですよ!」
食卓、というにも大きすぎるテーブルには冬生夫妻、秋知、奈津、そして鵡川と沢三谷の二人も加わった。
配膳中に困惑するヒムラに耳打ちした鵡川が言うには料理が多すぎて減らしきれないから、と冬生二葉に同席を求められたのだそうだ。
この席に築の姿がないのも彼女の采配で、運転手の築がいては食事中だろうと夫があれこれ買いに行かせてしまうと気を遣わせたらしい。勿論、多すぎる料理の一片を持ち帰らせた上で。それでも尚これだけの状態とは、元は一体どれだけのことだったのか。腹を下すだけでは済まなかったのかもしれないとヒムラは感謝した。
上座に冬生憲三、左手に冬生二葉、その横に秋知が座り冬生憲三の右手には鵡川と沢三谷が続いて座り、奈津がその横。それに向かい合うようにマチ、ヒムラ、カケルと続いた。
冬生憲三の横に鵡川と沢三谷がついたのも彼のあれやこれやという注文に都度応える為でもあるのだろう。
「いただきましょう」という冬生二葉の品のある声で夕食が始まり、冬生夫妻と鵡川、沢三谷の四人で弾む会話で食卓は明るく、時折、秋知も混じっては実に楽し気である。けれどヒムラの喉にはなかなか食事が通らない。高級品に怖気づいてというわけではなく、この明るさも所詮、と思うと喉を通らないのだ。
冬生夫妻は、この集まりをどのように思って開いているのか。きっと、専門家であるマチを呼んだ所でまがい物か、運よく呪いが解決しても自分たちが秋知の命を既に終わるものと捉えていたとしても咎められることもないと考えているのだろう。秋知の存在を盾にして行うことにも嫌気がさすが、こうなっては嫌に思わないことがない。折角喉を通った料理の一片も、なにか木片でも飲み下したような気分だ。不快感で溢れかえってたまらない。
ヒムラの左手にいるマチは、そもそもそれ程多く食事と摂るタイプでもないが、こと、今日に限ってはうさぎ程度にしか食事をしていないように思える。他の依頼時には地酒を楽しむこともあるが、今日はそれも舐める程度に済ませている。何度もグラスに口をつけてはいるが減ってはいないのだ。
きっと、今この瞬間にもマチは考えている。この家系を取り巻く呪いの元凶の在処や焦点を当てるべき存在を。
右手に座るカケルは、やはりそこだけ空気が違うかのようにのんびりと過ごしていた。美しく盛り付けられた料理を楽しむ余裕もあるように見えるが、わからない。このカケルでも先程までは表情を曇らせていたのだから、これもマチの言いつけかなにかを守っている最中なのかもしれない。
食事の手が進まないヒムラがそうしてカケルを盗み見ていると、丁度ヒムラとカケルの間で向かいの席に座る奈津が、またもカケルに目を向けているのに気が付いた。
まただ。初対面時の時にもカケルに向けたられた目が、またも向けられている。その目にはやはり警戒も疑心もない。表現するならばなんだろう。例えば駅のホームで向かい側、友人かどうか確認するような、なんだかふわふわとした、そんな印象がある。そういえば奈津なつとマチとカケルは同年代頃かもしれない。マチはともかくカケルの出身地も考えると、どこかで見知った相手なのかもしれない。それを、確認しているような。
食の進まないヒムラに、冬生憲三はあの太い声で何度かからかいを入れた。秋知と同じ年頃とういのも、いつの間にか耳にしていたらしい。そんなんじゃあ上手いこと成長せんぞとか、そんなことを何度も言われたが、その度にどうしても嫌な気持ちで溢れかえってしまった。
対してマチはヒムラが気が付かない内になにか自分に施していたのかもしれない。うさぎ程度にしか食事をしていない割に冬生憲三のからかいがマチには入らない。
マチに向けるヒムラの恨めしい視線の先に秋知の笑顔が垣間見える。
その年頃にしては大人しめのような気もする。高校に行かなくなってから二年が経過したヒムラにはもう遠い昔の記憶のようではあるが、そんな気がしてしまうのは、それは対象が秋知であるからであろうか。こちらへ向けられる笑顔も、どこか苦しい。
(早く終わって欲しい……)
ヒムラは殆どなにも入らない胃に感じる痛みに耐えるのがやっとであった。
やがて酔いが回りすぎた冬生憲三の様子に鵡川と沢三谷が手を焼き、冬生二葉が「今のうちに」とマチに耳打ちしたのを合図に三人はそっと席を立った。
ヒムラが部屋の戸口を潜る前、振り返ると恐らく世話を頼まれたのであろう奈津が秋知の傍らに立ち、彼女が立ち上がるのを手伝っているのが見えた。割れ物に触れるでもなくしっかりと支えられた肩に、秋知はまた、あの慈雨のような笑みを向けていた。
最初のコメントを投稿しよう!