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※  とんでもなく豪勢な料理が目の前に配膳されていった。お寿司があるのにお刺身もあって、庶民的な煮物があってもその隣にはなんの貝かわからないものがあったり、かと思えば洋風の料理も幾つか並んで、もうとんでもない。  和も洋も関係なく織り交ぜられた様はこの家とよく合うが、料理はさて、どうなのだろう。腹の中で混じれば同じか、それとも混乱するだろうか。そもそも食材自体が既に高級そうで、食べ慣れないものに腹をおかしくしてしまいそうだ。今、蟹が食卓に運ばれた。これはもう、下すのが確定したのかもしれない。 「さあさ、折角ですから楽しんで下さい! 沢三谷(さわみたに)さんの料理は本当に美味いんです。今日は無理言っていつも以上に張り切ってもらってしまいましたが、きっと癖になる程美味いですよ!」  食卓、というにも大きすぎるテーブルには冬生(ふゆき)夫妻、秋知(あきち)奈津(なつ)、そして鵡川(むかわ)沢三谷(さわみたに)の二人も加わった。  配膳中に困惑するヒムラに耳打ちした鵡川(むかわ)が言うには料理が多すぎて減らしきれないから、と冬生二葉(ふゆきふたば)に同席を求められたのだそうだ。  この席に(つき)の姿がないのも彼女の采配で、運転手の(つき)がいては食事中だろうと夫があれこれ買いに行かせてしまうと気を遣わせたらしい。勿論、多すぎる料理の一片を持ち帰らせた上で。それでも尚これだけの状態とは、元は一体どれだけのことだったのか。腹を下すだけでは済まなかったのかもしれないとヒムラは感謝した。  上座に冬生憲三(ふゆきけいぞう)、左手に冬生二葉(ふゆきふたば)、その横に秋知(あきち)が座り冬生憲三(ふゆきけいぞう)の右手には鵡川(むかわ)沢三谷(さわみたに)が続いて座り、奈津(なつ)がその横。それに向かい合うようにマチ、ヒムラ、カケルと続いた。  冬生憲三(ふゆきけいぞう)の横に鵡川(むかわ)沢三谷(さわみたに)がついたのも彼のあれやこれやという注文に都度応える為でもあるのだろう。  「いただきましょう」という冬生二葉(ふゆきふたば)の品のある声で夕食が始まり、冬生(ふゆき)夫妻と鵡川(むかわ)沢三谷(さわみたに)の四人で弾む会話で食卓は明るく、時折、秋知(あきち)も混じっては実に楽し気である。けれどヒムラの喉にはなかなか食事が通らない。高級品に怖気づいてというわけではなく、この明るさも所詮、と思うと喉を通らないのだ。  冬生(ふゆき)夫妻は、この集まりをどのように思って開いているのか。きっと、専門家であるマチを呼んだ所でまがい物か、運よく呪いが解決しても自分たちが秋知(あきち)の命を既に終わるものと捉えていたとしても咎められることもないと考えているのだろう。秋知(あきち)の存在を盾にして行うことにも嫌気がさすが、こうなっては嫌に思わないことがない。折角喉を通った料理の一片も、なにか木片でも飲み下したような気分だ。不快感で溢れかえってたまらない。  ヒムラの左手にいるマチは、そもそもそれ程多く食事と摂るタイプでもないが、こと、今日に限ってはうさぎ程度にしか食事をしていないように思える。他の依頼時には地酒を楽しむこともあるが、今日はそれも舐める程度に済ませている。何度もグラスに口をつけてはいるが減ってはいないのだ。  きっと、今この瞬間にもマチは考えている。この家系を取り巻く呪いの元凶の在処や焦点を当てるべき存在を。  右手に座るカケルは、やはりそこだけ空気が違うかのようにのんびりと過ごしていた。美しく盛り付けられた料理を楽しむ余裕もあるように見えるが、わからない。このカケルでも先程までは表情を曇らせていたのだから、これもマチの言いつけかなにかを守っている最中なのかもしれない。  食事の手が進まないヒムラがそうしてカケルを盗み見ていると、丁度ヒムラとカケルの間で向かいの席に座る奈津(なつ)が、またもカケルに目を向けているのに気が付いた。  まただ。初対面時の時にもカケルに向けたられた目が、またも向けられている。その目にはやはり警戒も疑心もない。表現するならばなんだろう。例えば駅のホームで向かい側、友人かどうか確認するような、なんだかふわふわとした、そんな印象がある。そういえば奈津なつとマチとカケルは同年代頃かもしれない。マチはともかくカケルの出身地も考えると、どこかで見知った相手なのかもしれない。それを、確認しているような。  食の進まないヒムラに、冬生憲三(ふゆきけいぞう)はあの太い声で何度かからかいを入れた。秋知(あきち)と同じ年頃とういのも、いつの間にか耳にしていたらしい。そんなんじゃあ上手いこと成長せんぞとか、そんなことを何度も言われたが、その度にどうしても嫌な気持ちで溢れかえってしまった。  対してマチはヒムラが気が付かない内になにか自分に施していたのかもしれない。うさぎ程度にしか食事をしていない割に冬生憲三(ふゆきけいぞう)のからかいがマチには入らない。  マチに向けるヒムラの恨めしい視線の先に秋知(あきち)の笑顔が垣間見える。  その年頃にしては大人しめのような気もする。高校に行かなくなってから二年が経過したヒムラにはもう遠い昔の記憶のようではあるが、そんな気がしてしまうのは、それは対象が秋知(あきち)であるからであろうか。こちらへ向けられる笑顔も、どこか苦しい。 (早く終わって欲しい……)  ヒムラは殆どなにも入らない胃に感じる痛みに耐えるのがやっとであった。  やがて酔いが回りすぎた冬生憲三(ふゆきけいぞう)の様子に鵡川(むかわ)沢三谷(さわみたに)が手を焼き、冬生二葉(ふゆきふたば)が「今のうちに」とマチに耳打ちしたのを合図に三人はそっと席を立った。  ヒムラが部屋の戸口を潜る前、振り返ると恐らく世話を頼まれたのであろう奈津(なつ)秋知(あきち)の傍らに立ち、彼女が立ち上がるのを手伝っているのが見えた。割れ物に触れるでもなくしっかりと支えられた肩に、秋知(あきち)はまた、あの慈雨のような笑みを向けていた。
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