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※  食後、各々が席を立ち、冬生憲三(ふゆきけいぞう)二葉(ふたば)の姿がなくなった頃合いを見てマチは秋知(あきち)を呼び止めた。話しを聞けるかと問うマチに、秋知(あきち)は戸惑うことなく了承した。勿論、ヒムラもカケルもその後に続くのだとばかり思っていたが、マチは二人に二階を指さし秋知(あきち)と共に彼女の部屋へと籠った。  遂に始まった別行動が急激に仕事である現実を突きつけてくるようだった。マチは動いた、秋知(あきち)の命を終わらせない為に。  後ろ髪引かれる気持ちは拭えないが、ヒムラは一人では心細いカケルと連れて部屋へと戻った。この後控えるであろう更なる別行動の為にも、この超のつく方向音痴にトイレを済まさせなければならない任務も残っている。 「あの人達はいいんですか?」  部屋に入るなり、秋知(あきち)は少し怪訝そうにして閉めたばかりの扉を見つめていた。扉を閉める間際に〝中くらい〟の方がこちらを見ていたようで、その表情が少し、気がかりだった。けれどその三人の、どうやら〝ボス〟らしい小さな彼は、なにを気に掛けるでもなく冷静であった。その声も表情も、崩れることがあるのかと不思議になる程、動かない印象だった。 「今はいい。雑音があると少し困るんだ」 「ふふ、賑やかですよね。私は楽しいんですけど」 「常に一緒だとそうでもなくなる時もある。――座って、リラックスしてくれるか」 「なにをするんですか?」  指示する彼はベッドを指さし、秋知(あきち)が腰かけると昨日の様に正面に椅子を寄せて座った。その手には鈍い金色の、煙草程の大きさの棒を持っている。「それは?」と問う秋知(あきち)に、彼は摘まんだそれを秋知(あきち)に見せるように何度か翻した。よく見れば棒と言うよりは筒のようで、細い空洞が鈍い金色の中に見えた。 「これは〝見て〟〝聞く〟もの」 「? なにをですか?」 「俺の目でも見えない、俺の耳でも聞こえないものを」 「専門家さんでもそういうことがあるんですね」 「専門家だから、専門の道具を使うんだよ」 「ふふ」 「なんだ」 「思っていたよりもちゃんと話す人なんだなと思って」 「なるべく必要外のことに労力を使わないタチなんだ」 「なるほど、器用なんですね」 「そうなるのか」  向かい合うと彼は思っていたよりも表情に感情が現れやすいのがわかった。無表情に気を取られてしまうときっと気が付けないのだろうが、眉や口元がよく動く。少しだけ右の口端が釣りあがるのは笑っているのかもしれない。言葉の硬さにも気を取られて随分と静かな人だと感じていたが、もっと話せば、きっと本当に笑うのかもしれない。側にあれだけ感情豊かな人間がいるのだから、きっと。 「大変なんですね、専門家さんは」 「人の嫌な面ばかりを見るのが常みたいなところもある」 「呪いはそうですよね」 「別に怒りとか恨みとか、そういうものばかりのことじゃない」  瞬時には、秋知(あきち)の頭にそれ以外の〝嫌な面〟が思いつかなかった。思わず黙ると彼は金と黒の髪の間から視線を上げた。きっと言葉を止めた秋知(あきち)を確認しただけの行動なのだろうが、以外にも澄んだ色をしていた彼の目に、一瞬でも秋知(あきち)は心臓が揺れた。 「一番嫌なものは、どうにもならないことに暮れるばかりの人間に会うことが多いからだ。それがどの感情でそうなっていようと、そんな人間に会うばかりなのには正直疲れることもある」 「それが嫌な面なんですね」 「そうだな」 「それはヒナキさんがその、わかっているからですよね。……わからないと、わざわざ他人の感情に疲れるなんてこと、ないはずです」  ああ、なるほど、と秋知(あきち)は思った。やけに人を寄せ付けないようで側には必ずいる人物がいる彼は、感情が強すぎる故に自分の感情を表に出し辛いのだと。きっと、敏感に自分以外の人間の感情を拾ってしまう。それにばかり自分の感情が動いて、肝心な自分自身の感情が散ってしまうのだ。  きっと、今も、彼は感情に引っ張られてしまっているのだろう。それは紛れもなく自分の所為なのだ。両親に、呪いの元となった出来事に、今にも死にそうな、自分の所為で。 「……ありがとうございます」  思わず出た言葉に、秋知(あきち)はなんてことを言ってしまったのだと察した。瞬間に彼の表情から僅かに読み取れていた感情が消えてしまったのだ。彼はとても難しい表情をしたまま、波や色が引いていくように感情だけが薄れていってしまった。  悪いことを言ったのかもしれないが、なにか、彼の中で思うものがあるような、そんな様子にも見て取れた。数秒、動きの止まった彼は時を取り戻すのと同時に眠気を飛ばすかのようにまばたきをした。 「悪いな、触っていいか」  数秒の出来事を、彼はなかったかのようにして元通りの調子で秋知(あきち)に尋ねた。鈍い金色の細い筒を両手に挟み、温めるような仕草の中、右手の人差し指だけで秋知(あきち)の手を指さした。 「触る? 手ですか?」 「手のひらを上に」  言われた通りに秋知(あきち)は両掌を上へ向け差し出した。その手の、左手を彼が受け取り、秋知(あきち)と殆どかわりないその華奢な指で触れた。なにかを探すように手のひらに指を擦った後、あの鈍い金色の筒を垂直に立て、彼の目がその中を覗いた。 「……なにか見えますか?」 「そうだな」  どちらとも受け取れない返事をして、彼は暫くの間そうして秋知(あきち)の手のひらを鈍い金色の筒で覗いていた。彼の金と黒の髪が邪魔をして、というわけでもないが、勿論、秋知(あきち)にはなにが見えているのか、なにを見ているのかも知れなかった。  熱心に、そうして二分は経ったか。唐突に顔を上げた彼は秋知(あきち)に目もくれず、今度は耳をつけた。細い金色の筒で、なにかを聞いている。秋知(あきち)の手のひらから、なにかを。 「……」  見守る秋知(あきち)の目に、金と黒の髪の間から覗く彼の顔が曇ったのが見えた。眉根が寄った目元が、困惑したようにも見えた。
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