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館脇と別れた後、築に頼んで彼が言っていた恋姫に所縁がありそうな本川と呼ばれる場所へ向かった。実際に訪れてみるとそこは街の中心に流れる大きな川のことで名前も聞いていた本川とは違い街の名前の語尾に〝川〟がつくものだった。
築が言うには特に老人がこの川を本川と呼ぶのだそうだ。というのも街には他にも幾つか川があり、それらはこの川から枝分かれをした小さなもので〝本流〟と〝分流〟という意味らしい。昔は特にこの大きな川を目印に地形を表現することも多かった。その名残が高齢者に残ってそう呼ばれていた。
「一人でいい」というマチを少し離れた駐車場で降ろし、ヒムラと築は車に残った。時間にして凡そ十分程度、その間、マチは何かを追うように周囲に目を配らせていた。
依頼に関係する場所に訪れる時、マチはこうして、はたから見れば〝ただ見ていた〟。あちこちを眺める様子は観光客や、場所によっては通報もされかねないのだが、この時、マチは見ている。ヒムラや他の人間には見えない、その場所の〝重要なもの〟が見えている。
勿論ヒムラには確認出来やしないのだが、これまでの仕事の中でマチが知るはずもないものを依頼人と共有することが多々あった。それはマチが現場でその事実を確認しているからだった。マチには見える、現在はその場にない、いないものも。
こうした特殊な力というものか、マチには他にも沢山あったが、それらが何故マチに備わっているのかはわからない。けれどそれがあるからこそこの仕事が成り立った。そして、そのお陰でヒムラもこうして、助かっていた。
「あれはなにをしていらっしゃるんですか?」
とても不安そうにする築には同情しかない。説明をした所で納得してくれるかも怪しいものでは、話した所で一層混乱させてしまうだけなのかもしれない。ヒムラは申し訳なさも感じながらそれらしいことでで済ませた。「あれで仕事をしてます、大丈夫です」、自分で言っておきながら即座に、中学の英語の教科書を思い出した。
けれどそのお陰か、車に戻ったマチに築があれをこれをと詮索するようなことはなかった。「他にも向かいたい所はございますか?」そう言う築にヒムラは即座に役所を思い浮かべたが、マチは「いや、戻ろう」とひとこと、言ってすぐに〝車モード〟に入った。窓の外だけを見つめて、口を開かない。乗り物に弱い人間の定めだと、大分昔に言っていたような気がする。ヒムラにはマチ以外に乗り物に弱い人間の覚えがないので、なんとも言えないのだが。
ヒムラの予想では、きっと役所関連で集めたかった情報をカケルが纏めてくれている。その為に家に残った、恐らく、そんな所だ。
ここまでカケルが表立ってなにもしない風でいるのは、もしかしたらカケルがなにかを出来ると思わせない為なのかもしれない。こうなってはマチの行動にも制限が出て、やりたいこともやりきれない。そうなるとマチが目立って、カケルに目がいかないようにするしかない。相手に「成功している」と思わせるには、そうするのが得策だった。
今回においては、それが依頼人であり、救うべき相手の両親であるのがなんとも言えない。悪く言い切れない、思いきれもしない。なんとも、不快感で凄まじかった。
冬生邸に戻るとそこには何も変化なく全てが在り、玄関を通ると丁度掃除をしていたのであろう沢三谷と顔を合わせた。安心感のある笑みで「あらあ、ご苦労様。おかえりなさい」と言われるとヒムラにはいないのだが、祖母の家に来たという気持ちになった。きっと、恐らくこんな感じなのであろう。
沢三谷と顔を合わせたのはこちらにも丁度良かった。昨日の内にとは思っていたが、結局彼女たちから話を聞けずに一日経った。「すみません、後で構いませんのでお時間頂けませんか」というマチの言葉に彼女は快諾し、「それなら今の方がいいわ」と連れだって鵡川もいる二人の控室へと向かった。
キッチン横にあるパントリーの中から併設されているその場所は、他の部屋と変わらず大きな窓に中庭の緑を囲っていた。違うのはこの部屋にだけスキップフロアが設けられており、彼女達は必要があればその場所で寝泊まりをして、通常の休憩時間にはそこで横になって背中を伸ばしているのだそうだ。「そこに布団もあるのよ」と、鵡川が他の部屋よりは小ぶりなクローゼットを指さしていた。
「お嬢さんのことよね」
招き入れたマチとヒムラが普段は彼女達の休憩用の椅子に腰かけたのと同時に鵡川が口を開き、日々この家族と過ごす時間の多い彼女達の視点から状況を語ってくれた。
「本当、見ていて心が痛いわ」
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