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24
※
「今日は君なんだ」
ベッドに横たわったまま、秋知は僅かに目を細めた。昨日にも顔を合わせ声を聞いたはずがそのどれも印象が違う程、秋知は萎れ、活力を失っていた。
「大丈夫?」
「びっくりしたでしょ。いつも通りなの」
「起きれなくてごめんね」と続ける秋知の言葉にヒムラは返す言葉が見つからず、変わりに初日にマチが座った椅子を秋知の傍に寄せて腰を下ろした。目線だけでヒムラを追う秋知も距離が近づくとほんの僅かに、今日は一層華奢に見える首を傾げて顔だけをヒムラに向けた。
「なにか欲しいものある?」
「ふふ、大丈夫」
考えずに発したヒムラの言葉に不慣れさを感じたのであろう、秋知は一瞬目を丸くして、少しだけ声に明るさが戻った。
「君は日昏さんみたいじゃないんだね」
「マチ?」
「俺はなんでも出来る、みたいな感じ」
「ああ、僕は全然。三人の中で一番なにも出来ないんだ」
「そうなの?」
「マチは最初に会った時からずっとああだし、カケルさんはマチに言われたことはなんでも出来ちゃうし」
「そうかな?」
「そうだよ」
「そうかな?」
二回目のそれはどこかおどけるような調子で、ヒムラが困っていると秋知は更に冗談めいた調子で「そうかなあ?」と続けた。どこか楽しそうに、秘密事を明かす前のような。
「日昏さんにはそうではなさそう」
「マチが? なんで?」
「君がいるから、日昏さんは専念出来てるみたいだよ」
ヒムラには自覚がないことで、秋知はマチを把握したようだった。まるで察しがつかない。納得がいくものが思い浮かばず仕方なく笑ってはみたが調子を違えていないか不安になってすぐにまた考え込んでしまった。
秋知はまだ、ふわりと笑っている。
マチが秋知と部屋に籠った時間、一体彼女はマチの何を見てしまったのだろう。けしてそんな良いものでもないんですよ、とヒムラの脳内が信号を発したが、訂正したらしただけ、自分の首だけが絞まっていくからくりはもう、痛い程知っている。
今日こそは黙りたい、後悔する前に黙る選択を、ようやっと出来た気がする。だがやけにもどかしい。今にも吐き出してしまいそうだが、秋知が知らずに笑うのでそれでも良いのだと言い聞かせた。
「あ、ねえ、聞いていい?」
「なに?」
「なんで皆浴衣を着てたの? やっぱり家でも浴衣とか着るの?」
「やっぱり?」
口には出さずにいたヒムラの内心、「お金持ちは」が秋知には直接聞こえでもしたのか、胸の上に置いていた両手を腹に下ろした秋知は少しだけ苦しそうに笑った。思い切り笑いたいのが出し切れない、そんな様子で暫し笑った。
「違うの。あの日は、本当は前の夜にお祭りに行くつもりでいたの。ほんの少しだけ。でも雨が降ってお祭りは休止になっちゃったし、あがるはずだった花火もダメになっちゃって。それで私、あの日の朝に残念って言ったら、お父さんが今日着よう!って。お客さんも来るから、おめかしだって」
「おめかし? なんだ、僕てっきりそういうことがあるんだと思って」
また、秋知は苦し気に笑った。笑い過ぎて辛い、といった風に。何故そこまで笑われてしまうのかヒムラには恥ずかしい部分もあったが、静かに笑い転げるような秋知の様子を見て悪い気はしなかった。実に、愉しそうである。
「凄い。君、言ってることより思ってることの方がずっと透けてるんだもん。ふふ、日昏さんの分も全部感情出してるみたい。隠し通せなくて、黙ってても全部聞こえちゃう」
少しの間、秋知はヒムラの顔を見るだけで笑いがぶり返して、布団の上から腹を押さえては肩を震わせた。何度かヒムラが訂正の言葉を上げる度それは続き、観念して口を噤んだヒムラを見て秋知は更に笑った。
余程わかりやすい時分の性分はわかったつもりではいたが、これ程とは思ってはいなかった。横たわった女の子が、延々笑い続けられる程か。誇って良いのか、落ち込むべきかわからない。
暫く笑い続けた秋知が漸く収まり、久々にはっきりと開いた目が天井を仰ぎ、呼吸を整えるように長く息を吐いた。そうして紡いだ言葉はあまりに幽かで、その意味を一層濃くさせたようだった。
「私のまわりはわからない人ばかり」
誰と明かすことなくともわかる意図を察してしまう自分自身にも嫌な気分になった。確かに、わからない人達だと、ヒムラにも思えていた。
「ねえ、聞いていい?」
暫く笑い続けた秋知の目は、図らずとも浮かんだ涙で悲し気に見えた。
「日昏さんの仕事は、進んでる?」
『私は死ぬの?』そうはっきりと聞かれるよりもきっとマシなはずが、実際にはそれ程大差もなく、ヒムラの頭に言葉が思い浮かぶまで少し、時間がかかった。
「……マチは今この家の元凶の呪いを探してる。マチには見えるんだ、呪いの形っていうか、どこにあるかとか。でも、どうもこの家の敷地に入った時点で、その……聞いてた話とは少し違うみたいなんだ。それで、ちょっと、進まなかったりもしたけど。でも、大丈夫」
「だから、怒ってるの?」
「え?」
「……だから日昏さんはずっと難しい顔で、怒ってるの?」
「……怒ってる。でも、難しい顔は元からで、そうだからじゃないんだけど」
今自分が発した情報だけで秋知はどこまでを察しているのだろう。どれもを鮮明にはせず伏せたつもりが不安になった。とても悲しそうな顔をする、それが一体どれに対してのものなのか、それとも言葉にはしない秋知も、なにかを察して今日まで過ごしていたのだろうか。
もしもそうならば、この先もどれも、納得のいかないものになってしまえば良い。このまま知らず、そうしてマチが彼女を救い、「なにもなかった」、そんな風になってしまえば。或いは、それが「正解」なのかもしれない。
「ねえ、聞いていい?」
ふと、ヒムラは館脇の話を思い出し、その、自分や秋知にも合致するものを感じ話題変えの為にも口にした。
「恋姫さんって知ってる?」
「恋姫?」
館脇から聞いた情報を、細部とまではいかなかったかもしれないがヒムラの言葉でまとめて秋知に説明をした。その成り立ちや使われ方、本川の言い伝え、どれもに秋知は反応を見せることもなかった。
「やっぱり、若い人は知らないのかな?」
「……どうなのかな……」
ぼうっと、秋知は宙を見て固まってしまった。その目はまるで脳の中の違和感を探るかのように細かに揺れている。
「……なんだろ、私どこかで聞いたことがあるのかも。いつかの主治医か、どこか……聞いたの、忘れてるのかも」
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