17人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
3
※
荷物は築からあの黒衣の女性に引き渡され「お荷物は私がお部屋に」と、そこで黒衣の女性と築の両者とは別れた。
一行は冬生二葉に促されて屋内へ上がった。玄関の造りにも全く遜色ない、広い玄関は三和土だけでも四畳半はあるだろうか、飾られた花も皿も絵も、どれもどんなものかもわからずとも高級であるということだけがわかった。最早用意されたただのスリッパですらも札束に見えてきてしまう。
玄関から正面に据える中庭、それに沿うように二階に延びる階段、合わせて吹き抜けが並び解放感に溢れている様は完璧にヒムラが情報で得た豪邸に当てはめられていた。
広い玄関を抜け、導かれるまま右手に進むと冬生二葉はすぐに止まったが、先へ続く廊下は広く長い。廊下の右側全てが大きな窓状態で、一面美しく整えられた庭が見渡せた。車の中からも見えた石灯篭や、美しく剪定された松や低木、飛び石、玉砂利や苔すらも全てが計算されつくしたものなのだろう。梅雨の雨粒で濡れたガラス面すらも、その計算の上に乗っているようだった。
成長や、雨風で簡単に形を変えてしまいそうなものにまで手が行き届いているというのはどこか背筋が張り詰めるものがある。慣れていない所為であろうが、隅から隅まで張り詰めた空間で心身ともに休まるのだろうか、ヒムラは急激に居心地の悪さを感じてしまった。
立ち止まった冬生二葉は開けた部屋に右手を指して促し、その通りに中を覗くと更に驚いた。部屋の中には大きなソファが二つ向き合い、一人掛けのパーソナルソファも三つ、奥、正面の〝暖炉〟の周りに備えられていた。それだけでも十分、けれど最も驚いたのは、その、〝暖炉〟の先にもまた広がる、ガラス張りの壁一面に広がる美しい中庭の存在だった。
「凄い」
思った時には既に口からついて出ていた。一瞬でハッとしたヒムラの表情を見て、冬生二葉はしとやかに微笑んだ。
「やあ、いらっしゃいましたか。お待ちしておりました、冬生秋知の父の、憲三です」
待ち構えていたように、暖炉右手の廊下から現れた四十代後半頃の男は、その体格の良い体を紺色の浴衣に包み、その場の家具にも負けない程の仰々しさで両腕を広げて見せた。
到着してからというものずっと圧倒され続けているヒムラは遂に肩の力が抜け落ちる程、緊張することに疲れ切ってしまった。しかしどうにもそれはヒムラ一人だけのようで、並ぶマチもカケルも顔色一つ変えずにこの場に馴染んですらいる様子であった。これが大人と未成年の差か、一瞬ムキになりかけたが、それにもやはり疲れて諦めた。
「日昏マチです。こちらの大きい方が佐久間カケルで、中くらいのが纐纈ヒムラと言います。灰色の仕事の為、離れた土地で人手がいっては困りますので連れて来ました。数日間ですが大人数でご迷惑をおかけします」
マチの、ヒムラにとっては無感情で慇懃無礼とわかるその言葉に冬生憲三はやけに気を良くしたのがわかった。体に相応しい低く太い、大きな笑い声が湿気を含む家屋の木々に染みわたるようだった。
最初のコメントを投稿しよう!