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※  カケルのようなものから発せられた言葉を合図に、三人は部屋を出て、失礼にはならない程度に二階を探索をした。とは言っても鵡川むかわに教えられた通りに中庭の右手にあるトイレと洗面、浴室を確認して中庭を見下ろしただけでそのまま、また一階へと降りた。三人連れだって動くのもどうかと思うふしもあったのだが、本当になにも知らない状態のままカケルを自由にするわけにも行かず、半ばカケルにこの家の造りを覚えさせる為でもあったかもしれない。  階段を降り、先程まで冬生(ふゆき)夫妻と話した部屋に向かったが既にその部屋には誰もおらず、手持ち無沙汰に暖炉奥から覗ける中庭を眺めている内左手廊下から冬生二葉(ふゆきふたば)が現れ、「あら」と品のある声で三人の傍ら立ち止まった。 「お腹が空いたかしら?」 「いえ。食事までの間に時間もあるので、出来れば仕事を進めておきたいのですが」  ここに来て、ヒムラはほんの少しだけ違和感を感じたが、だとしても特に支障がない気もして内に留めた。  ずっと、受け答えするのがマチだけでカケルが答える様子がないのだ。緊張でカクつき、トイレにすら絶望しているカケルに合わせた対応かとも思ったが、そんな生易しいことをマチがしてくれるわけもない。以前にも嫌がるカケルを調査に向かわせたマチはとんでもない言葉を放ってまで仕事をさせた。なにか意味がありそうだが、きっと今は聞いても理解出来るだけ自分が把握出来ていない。 「そうよね、観光ではないのですもの、ゆっくりなんて、している暇があったら仕事を進めるべきですよね。ごめんなさいね、私達ったら。気遣ったようでなにも考えてなかったわ」 「疲れているのも事実ですから、今日はある程度皆さんからお話を聞くだけにしようと思います。先ほど鵡川(むかわ)さんから家に出入りしているのは七人と聞きました。ご夫婦と娘さん、鵡川(むかわ)さんと沢三谷(さわみたに)さん、(つき)さんと、奈津(なつ、)先生は今日、家に?」 「ええ、でも沢三(さわみたに)さんは今夕食の準備で忙しいから、もしかしたら明日の方がいいかもしれないわ。今日は人数もいるから鵡川(むかわ)さんもお手伝いしてくれてるし、二人は休暇以外は毎日いてくれているし、それを考えると(つき)さんと奈津(なつ)先生が先の方がいいかもしれないわね」 「(つき)さんと奈津(なつ)先生は何時まで家に?」 「(つき)さんは今日、五時までね。うちの人が急に買い出しに出かけない限り、五時には帰ってしまうわね。奈津(なつ)先生はもう、今日は授業は大丈夫って伝えてあるから、やだ、そうだわ奈津(なつ)先生もう帰ってしまうわ。少し残ってもらった方がいいかしら?」 「お願いします、娘さんに関わっている方全員からお話を聞きたいので」  「大変」と冬生二葉(ふゆきふたば)は小走りで踵を返した。浴衣姿で小回りの利く狭い歩幅で数歩進んで、再度慌ただしく振り返った彼女は廊下の突当りを指した。 「娘の部屋は廊下右手の突当りです。今日皆さんがいらっしゃるのを楽しみにしていたの」  娘の姿を思い浮かべる冬生二葉(ふゆきふたば)の表情はとても柔らかく、けれどどこか切な気な笑みだった。  軽やかな足音が階段の先へと消えて行く頃、三人は示された部屋へ向かって進んだ。中庭を囲んで延びる廊下を進むと更に左手にも庭が広がった。ほぼ、両面の壁がガラス張りの状態で、暖房費を考えると途方もない。  突当りの部屋の扉には『akichi』と書かれたシンプルなプレートがかけられ、マチがノックすると中から「どうぞ、入って」と、華やかな少女の声が応えた。 「お母さんたら声が大きい。ここまで聞こえてたから、身構えちゃった」  柔らかな水色の生地に白の花が描かれた浴衣を薄い桜色の帯で締めたその姿は、華やかな見た目とは裏腹にベッドの上に横たえてあった。  花の髪留めでまとめられたお団子から垂れる後れ毛がゆれるその若さで滑らかな白い肌も、間もなく死を迎える彼女には不似合いであるべきだった。
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