保健室と葵

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保健室と葵

結局、あれから葵からの連絡はなく、翌日を迎えた。控えめだけど、俺に御礼したいだとか律儀な所もあれば、約束すっぽかされそうになったり。 今度は連絡先を教えたのにお咎めもなし…。 やっぱりこれっきりで迷惑だったのでは……なんて考えてみるが、会って少し揶揄ってみたら顔を真っ赤にして狼狽えてるし、話題を振れば笑顔で答えてくれるから、亨には葵のことがイマイチ掴めなかった。 だけど、其れが余計に心を燻り、亨をもっと関わりたいと思わせていた。 気づけばそんなことばかり考えていると午前の授業が終わるチャイムが鳴る。 教室から教科担任が出ていくと同時に辺りが騒がしくなると前席の星野が笑みを浮かべながらこちらを振り返って来た。 どん引くくらいの満面の笑み……というか鼻の下を伸ばしてニヤニヤと此方を眺めているのが厭わしい。「何?」とでも返事をするように頬杖をつきながら星野と目を合わせてやると「塩谷よ」と言って大胆に左肩を叩いてきた。 「ついに!俺も、シングルライフを卒業よ」 「何が?」 その明らかに浮かれたような表情と単語から目の前の星野がこれから何を話そうとしているのか想像はついたが、敢えて確信には触れずにとぼけた振りをして返事を返す。 「何って彼女だよ。か・の・じょ。出来たんだよついに」 「へぇーおめでとう」 感情をさほど込めていない棒読みの祝福の言葉に流石に星野も気がついたのか、深い溜息を吐いた。 「塩谷ー。お前はモテるし、エロい彼女いるからいいかもしれないけど、ちょっとは親友の恋路に興味もてよー」 エロい彼女なんて西田が保健室の教員ってだけで自分にとっては特別視するほどのものでもない。星野の中でそうイメージされてるのは完全に雑誌やビデオを連想させるから仕方のないことだが、気分のいいものではない。 それに、星野の恋路と西田のことも差程興味がないのは事実だった。 「彼女ってこないだ狙ってた佐和田って奴?」 それでも口を尖らせて拗ねてくる星野が鬱陶しくて、建前として話を振ってやると、待ってましたと言わんばかりに、俺の机に肘を乗せて身を乗り出してきた。
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