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葵は西田の言葉で安堵したのか、強ばっていた表情から少し和らいでいたので、此処に連れてきたことは正解のようだった。
しかし、隣から感じる威圧感を亨は少なくとも感じていた。西田を宥めてやることをしなくて済むとはいえども、やはり、西田がいる中で葵と会話するのは妙な空気が流れて居心地の悪い。
少しの沈黙の後、二人だけの話が出来ない以上、あくまで養護教諭を演じている西田は、これ以上俺たちに話しかけて来ることはなく、葵に向かって「あんま騒がないでね」と優しく忠告しては自分に視線を向けてくると自分のディスクに戻っていく。
亨は西田が席に着いて手元に集中しているのを確認すると、ホッと胸を撫で下ろしては葵に目線を移した。
再びパンにかぶりつきながらも葵の様子を眺めていると、パンを握りしめたまま、なかなか食べようとしなかった。
遠慮しているのだろうか……。
それに隠すことを忘れてしまったのか空の弁当箱がテーブルに上がっているのが目に入って、いたたまれない気持ちになる。
「葵、食べないの?」
「でも……亨くんが買ってきたものだから……」
「遠慮しないでよ、俺そういうの気にしないし」
特に深い意味なんてない。もともと星野が居ないからお昼に葵を誘おうと思っていたところだっただけ。会いたいなって思ったからそれだけ。
「じゃあ、せめてお金……」
葵は思い立ったようように、辺りをキョロキョロ見渡してポケットを探る。しかし、手持ちに何も持っていないと気づいたのか「鞄だ·····」と呟いては、「教室に忘れて来てしまいました。今持ってきてお返しします」と椅子から立ち上がった。
亨は咄嗟に葵の腕を掴んで引き留める。
「俺も昼まだだったから、付き合って貰うたみに買ったんだけど?奢って貰ったお礼ってことで。それに、そんなことしてたら昼休み終わっちゃう」
葵は耳朶を真っ赤にして「はい…」と小さく呟いてはスっと大人しく座り直した。
「ありがとうございます」
そして、深々とお礼を言うと、ゆっくりとパンにかぶりついていた。両手で持って被りつく姿が小動物のような頼りなさと可愛さを思いだして面白くて自然と目が離せない。
薄くて小さい唇……触ったらちゃんと柔らかいんだろうか……。
そんなことを考えながらぼんやり眺めていると葵と目が合って我に返る。葵は肩を竦め、食べるのをやめてしまう。
どうやら必要以上に見すぎていたらしい……
火が出るくらいに顔を真っ赤にしては、
かえって緊張させてしまったようだった。
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