僕の転機

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踊り場の窓から外へと投げ込まれたジャージ。ある程度場所が特定出来ていたが、なかなか見当たらない。中身が遠心力で出てしまっているのかと思い、校外を囲うように生えている全く手入れの届いていない雑草の中を手探りで探す。何の注意もせずに闇雲に探していたせいか、木の枝の存在に気が付かず指を切ってしまった。 半べそをかきそうになりながらも、人の借り物なだけに諦めるわけにいかない。見つかった頃には始業のベルが鳴り、次の授業が既に始まってしまっている時間だった。 幸いにも中身は飛び出てることはなくジャージが汚れていなかったことに安堵し、授業に遅れて自教室へと戻る。 授業中の教室の後方の扉から入ったものの席に着くなり、先生に怒られているのを見てか、江藤が仲間と笑いあっているのが聞こえた。 いじめられっ子は自分にも原因があると良く言うが心当たりがない。小学校低学年までは江藤とよく放課後遊んでいた仲だった。いつからこうなってしまったのだろうか。 昼休み、先生がいないやりたい放題の時間。授業中は先生の目を気にして控えてくるが昼休みの教室の居心地は自分にとって良くない。また彼らに目をつけられたくなくて、チャイムが鳴ると同時に教室を出た。とりあえず、指の傷の消毒をしたくて保健室へ駆け込む。 保健の西田先生は葵が唯一、信頼している教員だった。どうしても教室にいることが耐えられず保健室に逃げ込んでも嫌な顔ひとつせずに自分の気が済むまで居させてくれる。 かと言ってそれに甘えてばかりじゃいけないんだけど·····。 保健室に先約がいたが男子生徒だと分かるとすぐに顔を俯け目が合わぬようにする。 江藤のせいとかではないが同年代の特に同性は葵の中で苦手意識は強かった。 西田が絆創膏を探していると、テーブルの方から声が聞こえ、ふいに顔を上げると葵は目を見開いた。 そこにいたのは何度も教室の入口で眺めていた彼だった。心拍数が一気に上がる。 自分から声をかけない限り返すことなど出来ないと思っていた。このチャンスは逃してはいけない。 葵は絆創膏を西田から受け取ると意を決して彼に声をかけた。 今すぐジャージを返すと言うと彼は優しく今度でいいと言ったが返せるときに返してしまいたかったし、これをきっかけに彼と話がしたかった。 慌てて教室に戻り、袋を持って保健室まで駆け戻ると既に彼は居なくなっていた。 西田に「ここに置いといておけば、彼そのうち取りに来るから」と言われジャージを先生に渡すと保健室を後にした。 一言だけでもお礼を直接告げられて良かったが、せめて名前だけでも知りたかった。 もう彼と話すチャンスは訪れないだろう。簡単に交わえる環境でもない。遠目から見ているのがやっとだ。しかし、こんな華やかな人に優しくして貰えただけでも自分は幸せものだとそう感じた。
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