花壇の男

5/5
前へ
/179ページ
次へ
「迷惑じゃないから遠慮しなくていい」と言っても、首を横に振るだけで全く受け取る気配を見せない。 話しかけて手助けしたことを後悔するくらい会話のテンポが合わない。亨はそんな男が少し腹立たしかった。 「びしょ濡れの方が床汚すし、清掃の人に迷惑かかると思うんだけど。人が貸すって言ってんだから素直に受け取れよ 」 頑なな男に痺れを切らして少し強めに言い放ったら、男は体を震わせ、怯えた様子で「すみません」と頭を下げては恐縮すると、辺りを見渡しすぐさま着替え始めた。 Yシャツを脱いだときに見えた、白くて弱そうな背中。 汚れのなさそうな背中にドキリとしたのは一瞬だけで、亨にとってこういったタイプの人間とは縁がないだけにあまり得意ではない。 一生仲良くならずただのクラスメイトで終わるタイプ。 「ここで着替えんのかよ。そこカーテンのとこ行けば?」 幾ら同性同士だからとはいえ、初対面の男の着替えている姿を横目にするのも気まずい。 亨がベッドのあるカーテンの方へ促してやると男はハッと気がついたように「すみません」と再び謝りながら、保健室のベッドの元へ向かうとカーテンを閉めた。 別に渡すものも渡したから男が着替え終わるまで待つ必要なんかない。 それに、何も考えずに保健室を頼りに来たが西田に鉢合わせるのは避けたかった。 下手したらまた昼のように、帰宅まで待っているように強請られかねない。 亨は着替えている男のその後のことなど一切気にもとめず無言で保健室を出ていった。
/179ページ

最初のコメントを投稿しよう!

125人が本棚に入れています
本棚に追加