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モモは混乱しながらたずねます。
「秘密……? わたしの、だけじゃなくて……、お母さんの、秘密……?」
するとモモの母はかすかに笑みを浮かべた後、小さな声で、娘に語り始めたのです。
「……もう何年も昔のこと……。年老いた……、そう、とても仲むつまじい夫婦が、二人きりで、山のふもとに住んでいたの……。ある日、そのおじいさんは山の管理のため、柴刈りに、おばあさんの方は川に着物の洗濯をしに行った……」
モモはそれが自分や母となんの関係があるのかと疑問に思いながらも、だまって話に耳をかたむけました。
「……洗濯をしていたおばあさんは、川上から桃が流れてくるのに気がついて、水に入ってそれを拾ったの……。桃は三つ。とても立派な桃で、おばあさんは喜んだ。けど、それも束の間……。川上から、また別のものが流れてきたの……。それは夫の、おじいさんだったのよ……」
モモは息をのんで、食い入るように続きを聞きました。
「……おじいさんはまだ息があって、気がつくと、おばあさんと話もできた。そして彼は、こう言ったの……。『鬼がやってくる』、って……」
「鬼が……!」
モモは声をもらしました。母はうなづいて、話を続けます。
「……おじいさんは、こうも言った……。おばあさんが拾った桃は、神の桃だと……。そうして間もなく、おじいさんは、事切れてしまった……。おばあさんは彼を……、断腸の思いで川の流れにゆだね……、桃をかかえたまま、走って逃げたの……。おじいさんが言った通り、黒い鬼が現れ、おばあさんを追いかけた。おばあさんは必死で逃げ……、やがて鬼を、引きはなすことができたように思われたわ……。けれど彼女は、恐怖からは、逃れることができずにいた……。それではいつまた、鬼が現れるか分からない。……と、その時、彼女は桃のことを思い出したの……。おじいさんは、神の桃だと言った。くわしいことは、分からない。だけど……」
ここでモモの母は、遠い目をして続きを語りました。
「……おじいさんは、もともと、神々の時代や、古代の物語にくわしかった……。妻が夏風邪を引いたりすると、いつも桃を手に入れてきて……、語りながら、食べさせたの……。『桃の実は、イザナギの神が黄泉の国でおそわれたもうた時に、お助けたてまつった実。「大神実」と名付けなさった実じゃ。きっと力をあたえてくれる』、って……」
「……オオカム、ヅ、ミ……。桃は、神様の……」
モモがつぶやきました。母親は彼女にやさしくほほえみかけて言います。
「……そうよ、モモ……。桃は、神様の果物なの……。そこでおばあさんは、おじいさんの言葉を信じて、川で拾った桃を一つ食べた。すると彼女の心から恐れは去り、疲れも吹き飛んで、力がわいてきた」
モモは口元をほころばせました。母親は続けます。
「……間もなくおばあさんは、夢中で桃を、もう一つ食べた。すると、おどろいたことに……、おばあさんの老いた体は、みるみる若返って、二十歳の娘のような姿になったのよ」
「若返って……! ……えっ。まさかっ……! ひょっとしてっ、お母さんは……!」
モモが思わず声を上げると、母は静かに笑いました。
「……そう。若返ったおばあさん、それが私……。私は実は、もう百歳をこえているの……」
モモはおどろきのあまり、声も出ません。けれどもモモの母は、なお話を続けます。
「……それから私は、さらに続けて、三つ目の桃……、まさしく神の桃の、三つ目を食べた。……すると……、おなかの下の方に、ほんのかすかな、痛みを感じたの……」
ここでモモはちょっとふき出しました。
「それって、食べすぎ?」
しかし、母はここで、今まで以上に真剣な表情になって言いました。
「いいえ、そうじゃないの……。私には、はっきりと感じられた。この時……、私のおなかに、一つの命が宿ったの。神々にかけて誓ってもいい……。それこそが……、モモ、あなたなのよ。神の桃の力で生まれた子……、それがあなた。私の子、モモよ」
モモの体が、ふるえました。彼女は口を開いたままで、何か言おうとするものの、言葉がまったく出てきません。一方、モモの母は申しわけなさそうにして、娘に言いました。
「……分かったわね、モモ……。それがあなたの秘密……。あなたが人知をこえた、不思議な力を持っている理由……。ごめんなさい……。今まであなたに、何も言わないで……。ひどいと思っていたかも、しれないわね……」
「お母さん……」
モモも母親も、おたがい目になみだを浮かべていました。母は言います。
「モモ……、どうか私をゆるして……。私には言えなかった……。もしも私が話したことがきっかけで……、あなたやあなたの周りに、恐れが生まれたらと思うと……」
ここでモモは顔をしかめて、先ほどから気になっていたことをたずねました。
「恐れ……。どういうこと……? お母さん、さっきもちょっと、変なこと言った……。恐怖から逃げられないと、鬼が現れる、みたいに……。気持ちの問題じゃ、なくて……?」
母は苦しそうに呼吸をしながら、娘に言いました。
「……ああ、モモ……。もうあまり、時間がないわ……。けど、いい……? 鬼はね……、人の恐れから生まれるの……。人の恐怖から生まれ、人の恐怖を食らう存在……。それが、鬼……」
これを聞いて、モモの顔色は青ざめました。彼女はうろたえながら言います。
「恐れから生まれる……! じゃあっ……、ひょっとしてさっきの鬼は……! わたしが恐れたからっ……! わたしが自分を、恐いと思ったから……!」
「……ごめんなさい、モモ……。私のせいよ……。私がそういうことも、考えるべきだった……。けど、村の子を……、ううっ……」
母はいよいよ苦しそうに言葉をつまらせました。モモはたまらず声を大きくして言います。
「村の子っ? わたしはもう大丈夫だから! それよりお母さんっ……!」
「モモ……、お願い……。虫のいい話だけど……、最後に、私のたのみを聞いて……」
「お母さんっ!」
モモはなみだを流してさけびました。しかし、母は強いまなざしを娘に向けて言います。
「……あなたは、この村を出なさい……。村の人たちが、あなたを恐れることの、ないように……」
「……村を……。でもっ、そんなっ……。わたし、どうすれば……」
モモは激しくうろたえ、声をふるわせて言いました。一方で、母は弱々しく、けれどやさしくほほえんで、娘に言います。
「……モモ……。恐れては、だめ……。笑って……。ね? ……きっとこれも、定めなのだから……」
「でも、わたし……」
モモの目から、なみだが止めどなくあふれます。母もまたなみだを流しながら、娘に静かに声をかけました。
「……生きるのよ、モモ……。そして……、そう……。おじいさんは、私に桃を食べさせる時……、桃に向かって、いつもこんな風に、まじないをかけていたわ……。それは、かつてイザナギの神が、桃に向かって言った言葉……」
「桃に……?」
とまどうモモに対し、母親はまさに最後の力をふりしぼるようにして、次のように言ったのです。
「……『汝、我を助けしがごとく……、葦原の中つ国のあらゆる人草の……、苦しき流れに落ちてわずらい悩む時……、助けるべし』……」
モモの母はそう言い終えると、糸が切れたかのようにがくりとうなだれて、動かなくなりました。
「お母さんっ! お母さんっ!」
モモは大声で母を呼びました。すると、もはや魂の抜け出た母の体が、たちどころに白っぽくなっていきました。それからふいに、その体はくずれて無数の泡へと変わり、それらは弾けて、この世から消え去ったのです。
「お母……、さん……」
モモは自分の腕の中に残った、母の着物だけをだきしめて、なみだのかれ果てるまで、泣き続けました。
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