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そんなこと言われても
その日の帰り、週末なのに珍しく佐知子が空いていると言うので星野と三人で飲みに行くことになった。
「今日のカミナリは凄かったなあ」
星野が笑うと、佐知子は顔を歪める。
「あの子懲りてない様子で萌華のこと更年期のババアって罵ってたわよ」
「良いよ。人並みの仕事してくれるなら、悪態つくぐらい」
赤提灯の居酒屋で日本酒を煽ると、萌華は一向に育つ気配がない部下を思い出して頭を抱える。
星野も佐知子も既婚者でそれぞれ子供が二人ずつ。独り身なのは萌華だけだ。
「お前、仕事ばっかでその内おかしくなるぞ」
「そうよ萌華。恋の一つでも二つでもして息抜きしなきゃ」
「佐知子が言うとおりだぞ。お前の浮いた話は聞いたことないけど、恋人とかいつから居ないんだ?」
星野も佐知子も悪気はないのだろうが、そんな何気ない言葉に萌華は心を抉られる。
二人は知らないのだ。萌華は三十七の今まで誰とも付き合ったことがないし、純潔を守っていることを。
思春期に色めき立つ周りの女子に羨ましさはあったが、結婚するまでは自分を大切にしたいと貞操を守ってきた。
容姿や性格に難があるわけではないと思うが、少しキツめのトゲのある美人と揶揄されるタイプの萌華は、昔から高嶺の花だのなんだのと、周りから騒がれるのに、実際には誰も近付いてこない。
結果、思惑とは裏腹に、結婚どころか恋すら縁がないまま、待てど暮らせど純潔を捧げる相手は現れず、気付けば萌華の貞操は難攻不落の鉄壁の要塞になってしまった。
「この歳で恋の仕方なんて分からんよ」
ボソリと呟くが、星野と佐知子には本意が伝わらないのか、過去の恋愛で苦労があったのではと、十歩も百歩も先の話をし始めた。
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