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 翌日から、彼女の作戦は決行された。 「歩くん。ジュースでも飲みに行こうよ」  休み時間、いつの間にか教室に入り込んでいた彼女が、満面の笑みを周囲にまき散らして僕の後ろに立っていた。彼女のその発言でクラス中がざわめき立ち、騒ぎを聞きつけた他のクラスの生徒たちが廊下側の窓に集まってきた。 「何しに来たのさ」  小声で言うと、彼女は自分の体で死角を作り、僕の腕を思いきりつねった。爪が皮膚にめり込んで、肉が引きちぎられるような痛みで声を上げそうになった。 「うるさいわね。あなたも彼氏らしく堂々としていなさいよ」  早口でまくし立てると、彼女は尊の席に集まっていた他の男子たちを視認し、つかつかと歩いて行った。ちなみに彼らとは今日、一言も口を聞いていない。  一体、何をする気だろう。まさか他の男子たちも僕と同じように吊るし上げるのか。心なしか、男子たちも近づいてくるこの学校のボスに委縮しているように見える。  危険を察知した僕はすぐに尊の席に走ったが、彼女は僕の予想に反して一切笑みを崩さないまま男子に向き合っていた。 「あなた達が歩くんの友達ね。いつも歩くんと仲良くしてくれてありがとう。これからも、彼のことよろしくね」  突然予期せぬお礼を言われた男子たちは、彼女の破壊力のある笑みにやられたのか、皆一様に照れて控えめに頷くばかりだった。 「じゃあ、歩くん。行こうか」  言われるがまま、僕は金魚の糞のように彼女について行った。  しかし彼女は教室を出る寸前で突如振り返り、大声で言った。 「高木くん、私と歩くんの間を取り持ってくれてありがとう! あなたのおかげよ!」  いきなりそんなことを言われ、尊は顔を固まらせていた。その反応を見て彼女は、僕にしか見えないように片目を閉じた。  売店の真向かいにある中庭の簡易的な喫茶スペースで、僕らは少し話をすることになった。ちなみにその場所は一年から三年の教室のベランダの真下に位置しており、各教室から出てきた数人の野次馬たちが僕らのことを指さしながら見ていた。 「雅田さん。恥ずかしいから中で話そうよ」 「何を言っているの? 皆に見られるために敢えてこの場所を選んだのよ」  彼女は僕におごらせた梅昆布茶を飲みながら言った。現在この喫茶スペースには僕たち二人しかいない為か、彼女の化けの皮は剥がれている。 「あなた、クラスの男子たちにいいように使われているんでしょう。特にさっきのつんつん頭の彼に」  つんつん頭の彼とは尊のことである。彼女には、僕が今クラスでどんな位置に属しているのかをすべて説明してある。 「言ったはずよ。あなたにもメリットがあるように計らうって。それにはまず、私とあなたが付き合っているということを校内全体に知らしめないといけないの。自慢じゃないけど、私はこの学校ではそれなりに顔が利く方だと思うわ。そんな私と付き合っているのだから、自然とあなたも一目置かれるってわけ。雅田伊織の彼氏だから、変なことをしたら痛いしっぺ返しがある、って思わせないとだめなのよ。私とあなたが付き合っている事実が校内に知れ渡ることが、あなたを今の腐った現状から脱却させる一番の近道なの」  つまり「雅田伊織」という名前が、僕をぞんざいに扱ってきた男子たちへの抑止力になるということだ。確かにうまくいったら、僕は男子たちのために売店まで走ったり、嫌な役を押し付けられたりしなくなるかもしれない。 「男子たちも、私を敵に回すとどうなるか分かるだろうから、今日からあなたは使いっ走りを卒業できるはずよ。首謀者の彼にも圧力をかけたから、変なことはできないはず。感謝しなさい」  彼女の明言通り、その日僕は誰からも使いっ走りにされることはなかった。 皆一様に態度を改め、彼女に声をかけられたのが嬉しかったのか、頼んでもいないのに僕のために飲み物を買ってきてくれる男子もいたくらいだ。  ただ尊とは、その日一日を通して直接会話をすることはなかった。食事中も休憩時間も皆の会話に交じっていたが、僕が話し出すといつものように小ばかにしたり茶化したりするということをせず、終始目すら合わせてくれなかった。  彼女からの圧力がかなり堪えているのかもしれない。しかしこれで尊がおとなしくなるなら、もう悪ふざけをされることはないだろう。もとはと言えばおかしな悪だくみをした自分に責任があるのだから、彼は今猛省すべきなのである。
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