会話文から始まる小説

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会話文から始まる小説

今回はエブリスタの作品のうち、「会話文から始まる作品の割合」について検証します。 小説を書かれる方の中には、会話文からはじまり、「これは一体何のことだろう?」と疑問を持たせ読者を引きつけた上で舞台を作り上げていく方法を好む方もいらっしゃると思います。 そのこと自体が物語のインパクトを引き上げるとはさほど思いませんが、自分自身がエブリスタを始めてから学んだ興味深い手法ですので、実際にどのくらいの作品が会話文から始まっているかを調査してみることにしました。 またそういった小説の頻度が短編および長編で異なるとのかどうかも興味深いところだと思います。 この点につきましては、皆様も僕と同じく、短編の方が会話文から始まる物語の頻度は高いのではないかと推測されていることでしょう。 では、実際に検証してみますが、作品自体のクオリティを重視して集計する必要があると思いましたので、今回は短編代表として、妄想コンテストの「花言葉」~「やまない雨」の優秀作品以上、合計132作品および昨年の「ナツイチ」の優秀作品100作品を対象としたいと思います。 「ナツイチ」は比較的様々なジャンルの作品が応募されており、偏りが少ないと思われたからです。 ちなみに昨年の「ナツイチ」の100作品のうち、16作品は閲覧不能となっていました。おそらく非公開にして、外部公募に旅立たれていらっしゃるのだろうと思います。 ではさっそく結果ですが、今回はグラフはありません。 妄想コンテストでは、「花言葉」から順番に、それぞれ33作品の優秀作品以上のうち、8編、7編、6編、8編、合計29編(22%)の作品が会話文から始まっていました。毎回一定数、上位にそういった作品があるようですね。 また、ナツイチでは、評価可能な84作品のうち、14作品(17%)が会話文から始まっていました。 短編の方が会話文から始まるものが若干多いようにも見えますが、顕著な差があるわけではないようですね。 ちなみに、会話文から始まっている作品がより上位に偏っているということはありませんでした。 傾向としては、軽快な印象を受ける作風の作品、例えばコメディや恋愛などに多く見られたような気がします。 というわけで、唐突な始まりに思えるイントロ会話文は、さほど高い頻度ではないにしろ、エブリスタにおいて一般的に使われている技法だということがわかりました。 というわけで、今日は以上です。 余談ですが。 冒頭と違って、最後に会話文で終わる物語というのは滅多に見ませんね。 最後の一文でどんでん返しが起きる物語というのは時々ありますが、誰かの一言で180度世界が変わってしまうようなどんでん返しがあってもいいと思います。 もしも最後の一言で読者を驚かせるような物語を思いついたら、形にしてみたいと思います。 『君の膵臓を食べたい』の作者、住野よるさんの作品で『か「」く「」し「」ご「」と「』という題名の小説があるんですが、この物語の最後の一文がどうなっているか、ご存知の方はいらっしゃいますでしょうか。 実は興味をそそられつつ、結局のところ読んでいないのですが、どんな終わり方をしているのか気になり、最後だけチラ見をしたことがあります。 そしたら、なんとかぎ括弧(文字なし)で終わっていたのです。 それがどんな会話につながるのか、どんな意味があるのかは、本文を読んでみないとわかりませんね。 ところで、住野よるさんの作品といえば、もうしばらくで「青くて痛くて脆い」が上映されるようですね。 統計学の方で書くことではないかもしれませんが、乗りかかった船ですので、映画版では小説に比べてどのように再編されているか、予想をしたいと思います。 多少なりともあらすじに触れますので、内容を知りたくない方は、飛ばしていただければ幸いです。 ではいきます。 ・最初、主人公はきわめて真面目で好感の持てる青年に思える。 ・本人は真剣な行動原理だけれど、途中から客観的な目で見れば狂気の沙汰とも思える暴走。 ・その後、主人公は思いっきり打ちのめされ、その落差が強調される。 ・底辺から起き上がったぐらい、立ち直りのきっかけを見つけたぐらいのところで終局。 小説と比べて、主人公は途中から同情の余地もないほど痛い感じになり、デスゲームの悪役を彷彿とさせるようなキャラになってしまうのではないかと予想しています。 さて、どうでしょうか。レンタルで借りられるのはだいぶ先ですね。(映画見る気ない発言)
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