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誰にでも分け隔てない尾嶋さんの優しさに、すっかり勘違いして舞い上がっていた自分を、つくづく情けなく思う。
時期社長間違いなしの御曹子。
あんなイケメンエリートが、こんな山から生えてきたような女に、どうにかできる可能性なんて最初から少しもなかった。
大きな窓の外は、既に夜の帳が降り始めていて、色とりどりのネオンが鮮やかに灯りだしていた。
そんな華やいだ街並みから少し焦点を変えれば、窓ガラスに映るのは、散々見飽きた腫れぼったい丸顔。
これでもわたしだって、今日のためにそれなりに頑張ってきたつもりだった。
たまたま見つけたコスメサロンの、『魔法のような美しさを貴女に』なんてキャッチコピーに踊らされ、ついつい入っちゃったりして。
無駄な努力とわかっていても、心のどこかでは、ちょぴっとくらい期待していたものがあったんだろうけど……
やっぱりわたしは、わたしのまま。
ちっとも変わっていないのは、目の前を素通りしていく男たちの態度が証明していた。
ますますブサイクだろう不貞腐れた面で、立食テーブルに歩み寄る。
こうなったらメス共が男にうつつをぬかしてるうちに、このご馳走を根こそぎ食らいつくしてやる所存。
お刺身に、エビチリに、キッシュ。
なかなか届かないローストビーフ目掛け、思い切り身を乗りだしていた時。
わたしの手を追いこしていったスーツの腕が、サッとトングを掴むやいなや。
小皿に取り分けたローストビーフを、なぜだかわたしの前に差し出したんだ。
「やあ、灰谷さん。
ずいぶん料理を気に入ったようだね」
思わず微睡むような落ち着いた口調には、確かに聞き覚えがあった。
まさか、と思いつつも振り返ると、なんとその“まさか”が、白い歯を見せて間近に立っているじゃないか。
「お、尾嶋……さんっ!?」
事故物件のホテルに泊まってもなんともなかったわたしが、人生で初めて金縛りにあった。
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