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ところで、こんなにオシャレなレストランなのに、どうしてわたし達しかいないんだろう?
その疑問を素直に口に出してみたら、尾嶋さんは事も無げにこう答えた。
「ああ、このレストランは、本来この時間はすでに閉店してるんだよ」
「えっ……もう閉まっちゃってるの?
じゃあなんでわたし達……」
「心配いらないよ。
実はここ、僕の親族が経営しているホテルでね。
もうすぐ日付が変わるけど、朝までだってゆっくりしてていいんだよ」
わあ、凄い、さすが社長の御曹子!
と、手を叩きたくなったところで、その手は突如急変し、バッグの中のスマホを探り出した。
焦って起動させた画面には、23時55分の時刻表示。
あと5分で──“0時”!!
(だけど注意してちょうだい。
これはもっても……そうね、ちょうど深夜の0時くらいまでかしら。
それをすぎたら、貴女の魔法は解けてしまうのよ)
黒ドレスの女性の言葉が、電撃のように脳天を貫くと共に、全身から脂汗がドッと吹き出てくる。
ヤバイ、あと5分でわたしにかけられた魔法が解けちゃうっ!
いつもの、冴えないわたしに戻っちゃう!
途端に幻滅する尾嶋さんの顔が、凄い速さで脳裏をよぎり、小鹿肉を刺したフォークが中空でガクガクと震えていく。
「あれ、どうしたの灰谷さん?
なんだか顔色が悪いけど……?」
「ご、ご、ごめんなさい尾嶋さんっ!
わたし帰らなきゃっ!!」
「えっ、どうしたの急に?
明日は休みだよね?」
「い、いやちょっと……!
急に持病のメンヘラがっ……!!」
慌ててバッグを取り、席を離れかけたわたしの腕が、いきなりギュッとつかまれた。
そしてそのまま強い力で引き寄せられ、あっという間に、わたしの体はスーツの胸に埋もれていた。
驚いて顔を上げた先には、息が止まるほどまっすぐな、尾嶋さんの眼差し。
「尾嶋……さん……?」
「灰谷さん、もう少しだけ待ってくれないか?
きみに、会って欲しい人がいるんだ」
「……会って……欲しい人?」
「うん、このホテルのオーナー、つまり僕の母親がもうすぐにここに来る。
だからあと少しくらい、いいだろう?」
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