3人が本棚に入れています
本棚に追加
.
突然静寂を切り裂いた甲高い女性の声に、わたしは弾かれたように振り向いていた。
レストランの入口から、ド派手な化粧のオバチャンが、貴金属をジャラジャラいわせてこっちに歩いてくる。
それが尾崎さんのお母様だということは、考えるまでもなくすぐにわかり、たちまち体が硬直していく。
ちょうどその時、壁にあるアンティークな掛け時計が、長針をまさに頂点に合わせようとしているところだった。
……5
……4
……3
……2!
……1!!
午前……0時っ!!
それは、わたしにかけられた魔法が、一瞬にして解け散った瞬間だった。
「あ、ママリン、こっちだよ!
この人がこの前言ってた灰谷さんだよ!」
「えらいねぇ、マチャトシちゃん、ちゃんと連れて来れたねぇ。
でももう、こんなに夜中よ。夜更かししてる悪い子には、オオカミさんが来ちゃうんだからね?」
「だってぇ、僕、ママリンと一緒じゃなきゃ、寂しくて眠れないんだもん」
「あらあら、マチャトシちゃんは、いつまでたっても甘えん坊ね。
じゃあこの後ママリンと一緒に、ホテルのおっきいお風呂入ろっか?」
「うんっ!
やったぁーっ!」
口を大きく開きっ放しにしながら、ババアと三十路オッサンのやり取りをしばらく見ていたら、いつしか三十路オッサンの満面の笑みが、わたしへと向けられていた。
「あのね灰谷さん、ママリンのホテルの客室清掃員が1人辞めちゃって、今人手が足りないんだって。
きみはうちの会社にいても……なんていうかいまいち華がないからさ、清掃員くらいならちょうど良いかなって思うんだよね」
3年4ヶ月にわたり、わたしにかけられていた“恋という名の魔法”が解けた直後。
わたしはマチャトシちゃんの脛に思い切り蹴りを入れ、レストランを飛び出していたのだった。
.
最初のコメントを投稿しよう!