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 その日の僕は、世界のすべてを呪っていた。  梅雨明けしたばかりの、馬鹿みたいに青い空に唾を吐くような気持ちで、石ころを蹴飛ばす。あぁ、蝉がうるさい。首を絞めつけるワイシャツのボタンを、引きちぎるように外すと、汗が飛び散った。  はやく、このスーツを脱ぎたい。そして、クーラーの効いたボロアパートのベッドの端っこで、何もかも忘れて眠ってしまいたい。  強烈な日差しを浴びたビルの群れが、狂暴なくらいにギラギラと輝きながら、僕を見下ろしている。その視線から一刻もはやく逃れたくて、ふらつきながら歩を進める。  大学生活四年目の、夏が来てしまった。  それなのに、まだ就職先が決まらない。内定をもらえた会社が、ひとつもない。  学生時代に、努力したことを教えてください。  白髪交じりの面接官の質問に、僕は正直に答えた。  歌うことが好きで、ギターを片手に路上ライブをやっていたこと。拍手をもらえることは少なかったけれど、毎日必死に歌を歌っていたこと。  話し終えた僕に、面接官は、ふぅん、と頷いた後で、苦笑を隠し損ねたような表情で言ったのだった。それなら、君、ミュージシャンになれば? と。 (それができていれば)  こんな会社、誰が受けるかっつーの。  いい加減、理想と現実の折り合いをつけなくてはならない。地に足をつけて、生きていかなければならない。  そんなことは、分かっている。今年の春、赤いメッシュの入った髪の毛を、真っ黒に染め直した時、子供時代の自分とは決別したつもりだった。それでも、自分が今までやってきたこと、情熱を注いできたことを、鼻先で笑われるのは辛かった。お前に僕の何が分かるんだ、と言ってやりたかった。  日曜日の駅の改札口は、親子連れやカップルたちの明るい熱気が充満していた。楽しげな言葉を交わし合う、色とりどりの人混みの中で、真っ黒なスーツ姿の自分だけが、世界から弾き出されたように、ぽつんと孤独だった。  その時、ふいに、無秩序に入り乱れていた人混みが、ぱっくりとふたつに割れた。ほんの一瞬、光が射すように、目の前に真っ直ぐな道が開けた。  その道の先に、髪の長い女性の後ろ姿があった。  紺色のスカートが、ふわりとひるがえる。誰かがスイッチを切ったかのように、周囲のざわめきがプツンと消えた。振り向きざまに、彼女の瞳と、僕の視線がぶつかる。 「あ」  と、声が漏れた。  驚きと混乱の感情が、脳みそに追いつく前に、行き交う人々の波が、あっという間に彼女の姿を隠してしまう。吐き出すように大きく息をついて、自分が無意識に息をとめていたことに気がついた。  ただの見間違いかもしれない。  しかし、彼女は、八年前に行方不明になった僕の幼馴染み──ヨルに、よく似ていた。
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