愛別離苦に満ちる

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 闇の中にはなにもなく,自分の身体が存在するのかもわからないまま,微かな意識だけが存在した。一切の音もなければ風や温度を感じることもなく,ただただ真っ黒で微かに自分という存在があるのを認識するだけで思考は止まっていたが,目の前を通り過ぎてゆく女子高生たちの太ましい脚は視界から消えることはなかった。  暗闇でぼんやりと目の前を通り過ぎてゆく脚を眺めながら,時間の感覚もなく存在していることすら疑わしくなったある瞬間(とき),ふと懐かしさを感じる生暖かさが存在しないはずの全身を包む込んだ。  意識が徐々に形を想像させ,微かな光や温度を認識させた。真っ暗だった闇の中にぼんやりと光が射し,光に照らされた部分が微かに暖かく感じた。  徐々に意識がハッキリし始めると,生暖かさと生臭さがさらに漂い,僕は自分が存在していることを強く認識した。  ゆっくりとまるで目を開くかのように視界が拡がっていくが,突然,暗闇から明るい場所に出たかのようで目の前は白くぼんやりとしか見えなかった。  焦点が合い始めると,身体の半分がぐちゃぐちゃになって満足に立つこともできない,うちの犬が僕の頭を守るように顎を乗せて横たわっていた。どれくらいこうしていたのかわからないが,犬がずっと僕を守ってくれていたような気がした。  意識を取り戻す僕の頬を,生暖かくて生臭い舌が何度も行き来した。涎とも違う血のようなベタついた汁が僕の頬にまとわりついた。小さくクンクンと鳴く声が耳元で聞こえ,ゆっくりと見上げると顔が半分なくなった犬が嬉しそうにしていた。 『ずっと……こうして守っててくれたんだ……?』  犬は何も言わずに再び僕の口元をベロべロと舐め続け,抵抗できない僕は隅々までベタベタにされた。
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