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「やだ、伯崇くんたら。翼は前から女の子だって知ってたでしょ?」
翼の母が笑う。そう言われてみればそうだった、と伯崇はようやく思い出す。言われなければすっかり忘れたままだったかもしれない。
普段の翼はいつも男の格好をしていて、男に混じって遊ぶ変なやつだった。自分のことも「ボク」と言うので、翼自身も男のつもりでいるのかもしれないと思っていた。
けれどもこうして浴衣に身を包んだ翼は、伯崇の言葉を失わせるほどいつもと決定的に何かが違っている。
「変だよね……?」
浴衣が恥ずかしいのか、翼はもじもじと両手を自分の胸のあたりに置いた。
一瞬、伯崇の胸に電気がビリッと走り抜けたような気がした。
今のはなんだろう。
正体こそは分からなかったものの、嫌な感覚ではない。その証拠に、伯崇はやけに気分が高揚してきて夢中で叫んでいた。
「そんなことねーよ、全然変じゃねえ!」
こりゃみんなが見たら驚いて腰を抜かすな、と想像したら伯崇のテンションはますます上がって来た。翼の家の玄関から飛び出すと、伯崇は後ろを振り返って「早く行こうぜ!」と叫んだ。
「ま、待ってよ……」
翼は赤い鼻緒の下駄を履き、カランコロンと響かせながらいつもより鈍いスピードで付いてくる。それを見て、伯崇は翼の手を掴み「こっち」と翼の家の隣にある自分の家へと連れていった。
「後ろに乗れ。そんなスピードじゃ神社に着く前に花火が終わっちゃうよ」
伯崇は庭に置きっ放しの使い古した自転車を引っ張り出す。
「二人乗りするの? でも、おまわりさんがいるよ」
「大丈夫、裏道使うから」
幼稚園児の頃から外遊びが好きだったせいか、小三にして既にこの町の道という道を知り尽くしている伯崇だ。おまわりがいるのは車が行き交うような大きな道路だけだと予想し、そこを避けるルートをすぐに思い浮かべる。
「どうした? 早く乗れよ」
さっさとサドルに跨ってハンドルを握り、片足をペダルに乗せた格好で伯崇が振り向くと、翼は浴衣の裾を持ち上げて赤い顔をしていた。
「跨がれない……」
見れば、いつもの半ズボンで見慣れていたはずの翼の真っ直ぐな細い足が、浴衣の裾からチラリと覗いている。
再びさっきの変な感覚がしたのと同時に、今度は心臓がゴトンと動く音がした。重い石でも転がしたような音に、伯崇はびっくりしてかかとを上げた。
「な、な、何やってんだよ、跨がんなくていいんだよ! 足を揃えて横向きに座れ!」
「ご、ごめん。でもそんなに怒らなくてもいいだろ?」
「お、お、怒ってねえよ、別に」
翼はビー玉のように丸い瞳で不思議そうに伯崇を見つめた。
「でも伯崇……顔、真っ赤だよ?」
「うるせえな、早く乗れよバーカ!」
伯崇はドキドキと弾む心臓を翼から隠すように正面を向いた。
「ねえ、伯崇……どこに手を置いたらいい?」
やっと後ろに乗った翼は、今度は手のやり場に困っている。
「危ねえからしっかり腰のところ掴めよ」
「う、うん」
許可を得てからそっと伯崇に寄り添う。翼は猫のように軽い。
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