打ち上げ花火、わたあめの風

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「ボク……やっぱり浴衣なんて着てこなければよかった。伯崇に迷惑かけちゃう」  走り出してしばらくすると翼が言った。神社へ続く坂の勾配が徐々にきつくなっていた。伯崇の腿の筋肉に二人分の体重が乗る。  一人ならたいしたことない傾斜だから、立ち漕ぎしてしまえばあっという間に登っていけた。だが、後ろにいる翼をあまり怖がらせたくない。伯崇はサドルから腰を浮かさないように、必死でペダルを漕ぎ続けていた。 「いいんだ、俺。今足鍛えてるから。中学に入ったら部活でバスケやるんだ」  翼に言ったことは、強がりでも嘘でもなかった。 「スラムダンクの桜木花道みたいになりたいんだ」 「何それ?」 「漫画。昔、ジャンプで連載してたんだって。歯医者の待合室に全巻置いてあったのを読んだんだ。スッゲー面白かったぜ!」 「ほんと?」 「翼も読めよ。そんで、一緒にバスケやろう」 「無理だよ、ボク、運動音痴だもん」  翼はこの前の体力テストの50メートル走で伯崇にぶっちぎりで負けたことを思い出していたのかもしれない。  小学三年生頃の女子と男子では脚力に差がつき始めるのは当然のことだったが、翼は納得していなかった。伯崇に負けたのは運動神経の差であり、自分は運動音痴なのだとすっかり自信を失っていたようだった。 「いいなあ、伯崇は。スポーツ何でも出来て」 「勉強はお前の方が得意じゃんか」 「そんなの、頑張れば誰でもできることだろ? でも運動神経はそうじゃないもん」  背中に感じる翼の声が小さくなった。 「ボクにも得意なものがあったらいいのにな。このままじゃどんどん伯崇に置いてかれちゃう」  夕陽が最後のプリズムを飛ばす。夏を生き急ぐ蝉の声はそこら中で精一杯鳴いている。  ハンドルを手放して、伯崇は翼の手に触れたくなった。西の空へと小さくなっていくあの太陽みたいに、翼の方こそ、いつか何処かへ遠ざかって行ってしまうような気がした。  翼の女らしい仕草や、細い足や、遠慮がちに回された腕。昨日までとは違ういくつかの変化が、突然伯崇の胸を(えぐ)る。  俺たちはいつまでこうしていられるんだろう。  考えないように、伯崇はただ無言でペダルを漕ぎ続けた。
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