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神社の鳥居の真上に月が出る頃、伯崇と翼は水ヨーヨーをぶら下げたまま参道の半分の屋台を制覇した。
焼きとうもろこしの匂いがする。焼きそばかお好み焼きのソースの匂いもする。屋台を通り過ぎるたびに音や光や匂いが変わる。伯崇にはそれが面白い。
まるでこの一帯に魔法で閉じ込められているかのように、町中の人々が溢れ返っている。
人の波にはぐれないよう、伯崇は翼の手をしっかりと握りしめていた。翼の手は伯崇よりも小さく、すぐにすり抜けそうなほど柔らかく、頼りなかった。
「あ、伯崇だ!」
「おーい」
人混みの中には、たまに顔見知りの小学生もいた。伯崇はいつもの通り普通に挨拶した後、得意顔で自分の後ろを指差した。
「見てみろお前ら、ほら」
「何? 誰かいるの?」
「誰って、翼だよ、翼!」
振り向くと、いつのまにか翼が消えている。
「あれ? 翼?」
「いねえじゃん」
小学生たちがじゃあな、と去ると、翼はすぐにどこかから戻ってきた。
「何やってんだよ、せっかく浴衣姿のお前を見せようと思ったのに」
「やだよ、ボク。恥ずかしいって言ってるだろ」
「恥ずかしがることねえじゃん。堂々とすればいいだろ、こんなに似合ってんだから」
伯崇がそう言うと、翼は耳まで赤くなって怒り出した。
「似合ってなんかないよ! 伯崇のバカっ!」
「何でだよ」
訳がわかんねえな、と呟きながら、伯崇は翼の手を再び握った。
「とにかく、もう絶対俺から離れんじゃねえぞ」
強めに言ったのが効いたのか、翼は崩れかけた豆腐のような声で「うん……」と呟いた。
翼の表情が戸惑いからそっとはにかみの笑顔に変わる。翼の前髪を、わたあめの香りを含んだ夜風がそっと揺らす。
年に一度の祭りの夜だからだろうか。口笛を吹きたいくらい幸せな気分だ。
べっこう飴の匂いがする通りに入り込んだ時だ。
子供の声でひときわ盛り上がっている屋台を見つけた伯崇が、その看板を指して言った。
「なんだあれ。イ……テキ?」
「射的だよ。しゃてき。的当てのこと」
知ってるよ、と翼を軽く睨んだあと、伯崇は「行ってみようぜ」と彼女の手を引いた。翼は小学生の群れにちょっと躊躇する様子を見せたが、店の様子を覗くとすぐにその目を輝かせた。
雛飾りのような小さな階段に景品のおもちゃやお菓子が乗っている。仮面ライダーオーズの変身ベルトやゴセイジャーの巨大合体ロボなど、大きめの景品にはそれと同じ番号札がついた的が置いてあり、その的を倒すと景品と交換してもらえるようだった。
「一回百円だけど、外れるまで何度でも挑戦していいよ!」
店主が景気良く叫んでいる。一発撃ち終えたら終わりというルールだと、お金を持っていない子供のやる気を削ぐからだろうか。
「百円で何個落とせるかな?」
気が早い伯崇はすでにあれとあれと、と落とす予定の景品を頭の中でリストアップしていた。その中でも大本命と呼べるのは、今年の二月に発売された任天堂の新製品の携帯ゲーム機、ニンテンドー3DSの本体だった。色は白と黒の二色で、どちらにしようか迷ってしまう。
「翼はどれにする?」
「ボクも3DSがいい!」
伯崇は「だよな!」と頷いた。翼は数年前からゲームにハマっていて、格闘ゲームではゴツい男のキャラを操り、伯崇たち男子小学生と互角の熱い対戦バトルをする腕前だった。
「よし、やろう!」
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