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「……たか。おい、伯崇!」
薄いノートのようなもので頭を叩かれて、伯崇はハッと眠りから覚めた。
「あれ? ここ……」
辺りを見渡す。本棚に勉強机、爽やかな水色のベッドも端の方に見える。
見覚えのある部屋の中央に広げられた折りたたみテーブルの上には、教科書とノートと氷の入った麦茶が二つ。
そして、正面には不満げに頬を膨らませている見慣れた顔。
「つ……翼?」
「何寝ぼけてんの? 期末テストでヤバい点取ったらインターハイ出場させないってバスケ部の主将に脅されてるんだろ? それなのに、一緒に勉強しようってボクの家来ていきなり爆睡なんて信じられない!」
高校生になって子供の頃より少し肌が白くなったが、短い髪と口調は相変わらずの幼なじみ、品川翼だ。ここは翼の部屋だということをゆるゆると思い出す。
「あ、ごめん……。なんか、昔の夢見てた。ほら、夏祭りで、お前が初めて浴衣を着て恥ずかしがってた時の」
「はあ? なんでそんな昔の夢……」
「わかんねーけど」
伯崇は笑った。あの頃と何も変わっていない現状に安堵を覚える。
「楽しかったよな。あの夜。お前と一緒に花火見て」
「何言ってんの。伯崇、途中で寝ちゃったくせに」
翼は呆れたようにため息をついた。
「そうだっけ?」覚えていないと言うと、そうだよ、と翼はムキになる。
「ボクが靴擦れで動けなくなっちゃって、伯崇がおんぶしてくれたんだけど、目的地の原っぱについたらもうさっきみたいに爆睡。あんなに楽しみにしてたくせに、結局、最初の一発しか見てないんじゃない?」
「そうだったっけ」
伯崇のキョトンとした顔を見て、翼はクスッと笑う。
その笑顔がわたあめのように柔らかい。そして、
「……でも、ボクも楽しかったよ。あの時の伯崇、なんだかすごく……かっこよかったよ」
恥ずかしそうに呟く声に、あの夜の風の匂いがする。
あの日から何も変わっていないと思っていたけど、それは違った。
確実に大人になっている翼に、胸がざわめく。
その意味を、伯崇はもう言葉にすることができる。
花火の音に負けない強さで、翼に言える。
「あのさ、翼。期末テスト終わって、俺がインターハイにも出場することができたら……また二人で祭り行かね?」
翼は頬を赤く染めながら、「二人で?」と聞き返す。
「チャリ漕いで連れてってやるよ。今度こそ二人で見ような。でっかい打ち上げ花火」
「……うん」
翼は嬉しそうに頷く。
翼はまた浴衣を着てくるのだろうか。
そうだといいなと思いながら笑う伯崇のそばで、グラスの中の溶けた氷がカランと小さな音を立てた。
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