打ち上げ花火、わたあめの風

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 それは、小学校三年の夏休みも終わりかけた八月の末のことだった。 「早くしろよな、翼!」  大宮伯崇(おおみやはくたか)は幼なじみの親友、品川翼(しながわつばさ)宅の玄関で、額に浮いた玉の汗を拭った。昼間の炎天下の熱を残した黄昏の光に焼かれ、翼の家の下駄箱の上に飾られた金魚鉢が壁に歪んだ虹を映している。  こんなに翼の支度が遅いなら、コンビニに寄ってアイスでも買ってくればよかったと伯崇は思った。どうせこの後、かき氷を思い切り食べる予定だからと買ってくるのを我慢していたが、喉の渇きはもう限界だ。  伯崇の住む町の外れにある剣城山(つるぎさん)(ふもと)の弁天神社では、毎年恒例の夏祭りが開催されている。  近隣の町村民たちが集まる盛大なお祭りだ。神社へ続く参道前は昼頃から交通規制が敷かれ、警察官が渋滞を避けるためにあちこちの通りで車の誘導をしていた。  伯崇の通う小学校のクラスメイトはほぼ全員が行く予定だと言っていた。  伯崇も当然そのつもりだ。参道前にずらりと並んだ夜店の屋台をとりあえず全部チェックして、最後の締めにドンと上がる打ち上げ花火を、神社の裏手の登山道の途中にある原っぱから見て帰る。  伯崇が計画した通りのことを実行するためには、夏の夜はあまりにも短いと感じられた。  こんなところでモタモタされてはたまらない。伯崇は焦りながら叫ぶ。 「何やってんだよもう! みんなとっくに集まってるぞ、きっと!」 「ごめんね、伯崇くん。ほら、早くこっち来なさい翼」  リビングから顔を出した翼の母が、やがて奥から引きずり出すようにして翼を連れて来た。 「やだよ、ボク……こんな格好じゃ恥ずかしい!」  どんな格好だよ、と笑うつもりで首を突き出した伯崇は、次の瞬間驚いてごくんと唾を飲んだ。 「何でこんな格好しなきゃいけないの、いつもの半ズボンがいい!」 「何言ってんの、おばあちゃんがあんたのためにわざわざ買ってくれたのよ。こんな時に着なきゃいつ着るのよ、勿体無い」  ねえ、伯崇くん。と笑いながら翼の母は伯崇の正面に翼を押し出した。  涼やかな青の中でひらりと泳ぐ金魚が伯崇の目に飛び込んだ。翼が着ていた夏浴衣の柄だ。翼は無理やり着せられた不満からか、日焼けした顔を真っ赤に染めて横を向いていた。 「こんなの、似合わないのに」  短い髪にもリボン型の髪留めがついている。伯崇は思わず声をあげた。 「翼……お前、女みてえだぞ!」
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