154人が本棚に入れています
本棚に追加
「今日は歩いてみる、か」
最寄りの一駅手前で降り、誰に聞かせるわけでもなく呟く。
大学生の頃は、たまに都内に遊びに来るとしても若者の街で洋服買うかチェーンの飲み屋に行くばかりで、人の多さとビルの多さしか印象になかった。
でもこうして住んでみると、洗練された自然が多いことにも気づく。夜のジョギングをしてる人とすれ違いながら、川沿いを散歩して家に向かった。
「よし、もういっちょ飲むとするか!」
発泡酒も手伝い、マンションが見えたところで、ついテンションが上がって宣言してしまう。
「いやあ、金曜は最高——」
そこで、続きの言葉は音を無くした。
マンションのエントランスの前にある、円筒形で囲われた小さな空きスペース。見た目20歳くらいの、おそらく男子がそこに腰掛けて、500mlペットボトルより大きい酒瓶からお猪口に酒を注いでいた。
服装は白い着物。足の方を見る限り、袴ではなさそう。裾の方はややグレーになっていて、波か蔓のように渦を巻いた金縁の模様がついている。
足元は靴ではなく、白い足袋と畳のような素材の雪駄。横には、麻の葉のような六角形模様が入った若葉色の風呂敷を置いていた。
「………………」
目があったが、黙ったまま軽く会釈してオートロックの入口に入る。
こんな場所であんな格好で酒を飲んでるなんて、絶対普通の人じゃない。変に絡まない方が身のためだ。
エレベーターで4を押し、緊張が解けて大きく息を吐いた。
「綺っ……麗な顔だったなあ」
そう、おそらく男子、と言ったのもそれが理由。
イケメンという言葉では表現しきれない、やや浮世離れした感のある美少年。黒髪と着物は日本人っぽいが、顔立ちは10代後半の海外ハリウッド女優のよう。
そんな子がマンションの入口でまったりと杯を傾けているのは、妖しい魅力を纏った不思議な光景だった。
最初のコメントを投稿しよう!