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ドライブデート
朝も早くから辰のお兄さんに起こされて、オレは霞む目を擦った。
「ぁに?どったの?」
「...るま、」
「はぇ?なに?」
寝起きの耳だと、お兄さんの低い声は聞き取りにくい。聞き返すと、お兄さんは気まずそうに腕を擦ってから、今度はハッキリと言ってくれた。
「車、出してくれないか......」
「...お兄さんも車の免許取ったら?車あると便利だよ?楽しいし」
「......バイクがあるから必要ない」
「そのバイクがダメな日はこうなるんでしょ~?」
「......すまない」
辰のお兄さんのバイクは、寅のガレージで修理中だ。何でも、この間の抗争で投げて壊したらしい。
(なんで投げちゃうかなぁ...この人は)
移動手段がバイクしかないのに、どうしてその移動手段を壊してしまうのだろうか。
「...次の角、左」
「ん~......」
「案外、感情的だよね」とは言えず。
オレは辰のお兄さんに言われるがまま、次の角を左に曲がった。
「...すまないが待っててくれ」
「......ん、」
辰のお兄さんが「停まってくれ」と言ったのは、児童養護施設の前だった。
(...あ、そっか。今日って面会日か)
施設に入れた妹さんとの面会日。オレは他人事なのですっかり忘れていたが、辰のお兄さんはちゃんと覚えていたようだ。施設に向かう背中を見ながら、オレは退屈な時間にため息をついた。
(......36、7、えっと......19、)
エンジンを切った静かな車内で、通り過ぎて行く車のナンバーで引き算をして遊びながら、辰のお兄さんの帰りを待つ。
(え~、と......40、2、さんじゅ......ん?)
通り過ぎて行く車を目で追っていたら、寂れたバス停を見つけた。バス停の名前までは分からないが、アレに乗ればここまで来れたのではないだろうか?
「...あ~、そゆことね?」
「なぁるほど、」と心の中で手を叩き、オレは久しぶりにダッシュボード内の煙草に手を伸ばした。
「......待たせた」
「お~、おかえりぃ」
ドアを開けてすぐ、辰のお兄さんは分かりやすく不機嫌そうな顔をした。
「...吸ったのか」
「わりぃ?」
「......別に」
わざと口を悪くして言えば、辰のお兄さんは静かに車に乗った。ベルトを締めたのを横目で確認して、煙草をくわえたままエンジンをかける。そしてそのまま走り出せば、辰のお兄さんが「おい」と声をかけてきた。
「ベルトしろよ。捕まるぞ」
「今更じゃん?捕まるの怖くて族なんかやれねぇっつーの」
寂れたバス停を過ぎ、来た道と逆へ走る。そんなオレに辰のお兄さんは何も言わず、窓の外を見ながら静かに足を組みかえていた。
「......どこ行くか不安じゃないの?」
信号で停まり、備え付けの灰皿で灰を落としながら辰のお兄さんに問うと、お兄さんはまた足を組みかえた。そして大きく息を吐くと、視線を窓の外からこちらへ向けた。
「...お前を誘ったという事はそういう事だ」
こちらを見つめる赤く染まった目元に、掠れた早口。オレは「あ"ぁ、」と痰が絡んだ声で返事をして、煙草の火を消した。
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