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匂いの話
「おまえ、駅前のラブホの匂いがする」
路地裏で急に殴りかかってきた初対面の野郎にそう言われたとき、素直に殺意を抱いた。
「...殺されてぇらしいな、」
「なんで?褒めてるのに?」
「褒め言葉じゃねぇだろそれ。ふざけやがって」
俺の怒りは、このバカには届かないらしい。子供用の変な飾りがついたヘアゴムで縛った前髪が揺れてるのを見たら、非常に腹が立った。
「でもラブホっていい匂いじゃん?褒められてるのに怒るのか?」
「セックスする為に作られたホテルの匂いがするって言われて喜ぶ奴なんざいるわけねぇだろ。義務教育済んでんのか?」
「......一応、中卒だけど?」
「真面目に答えるなや。つーか中卒か」
まぁ別にいいけど。そんな事より、この馬鹿の相手をしている余裕はない。あと数分でこの場を去らないと、警察が来て厄介な事になる。
「...じゃ、あとよろしくな」
「え?やだよ、俺も行く」
「はぁ?なんでだよ。お前はそこに残れよ」
「なんで?」
「なんでって...そいつら、お前の仲間じゃねぇの?」
「え?ちげーよ?なんか楽しそうだからついてきただけだし。こんな奴ら知らねぇ」
どうやらこの金髪、頭がおかしいらしい。中卒で学がないとはいえ、「楽しそうだから」という理由で知らないチンピラの集団について行くとは...。そしてよく分からず俺の顔を殴ったとは...本当にもう腹が立つ。
「...まぁとにかく、俺は捕まりたくねぇから逃げるぞ。じゃーな」
「え?俺もやだよ。一緒に逃げよ?」
「はぁ?...って、ぅわっ!」
その場を去ろうと馬鹿な金髪に背を向けたはいいが、めちゃくちゃな提案に振り返った。すると思い切り手首を握られ、一瞬で手汗をかいた。
「離せよ気持ちわりーな!」
「やだよ!俺、刑務所やだもん!刑務所入ったらセックスどうすりゃいーの!?」
「知るかばか!つーか心配するのそこかよ!」
頭が悪くておかしいのに加え、セックスが好きらしい。もう救いようのない馬鹿である。
「そこだよ!セックス出来なかったら死ぬよ!?」
「死なねぇよ!つーか離せ!俺はお前と関わり合いたくねぇ!」
「なんでそんな冷たい事言うの!?ラブホの匂いがするって言ったから!?」
「だあー!うるせぇー!!」
キャンキャン吠える馬鹿にキレていると、遠くからサイレンが聞こえてきた。
「っ、やべ!おい!逃げるぞ!!」
「わーい!やったー!!」
警察から逃げる事の何が嬉しいのか...。
はしゃぐ馬鹿に手首を掴まれたまま、俺は人気のない方へと走って行った。
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