17人が本棚に入れています
本棚に追加
赤い媚薬
「ねーねー。林檎ジュースで媚薬作れるらしいから作っていい?」
「くたばれ」
朝も早くから人の部屋に来たと思えば、また訳の分からん事を言い始めた。
巳が持ってきた袋の中には林檎ジュースと赤ワイン、それから苺ジャムが入っていた。
「...どうやって作るんだ?」
「普通に混ぜて作ればいいんだって」
「...くだらん。そんな簡単に作れるわけがあるか」
「はいはい。つべこべ言わない〜」
目の前のテーブルに置かれたコップに、林檎ジュースが注がれた。そこに赤ワイン、苺ジャムと順に追加されていき、何やら不気味な液体ができた。
「...飲む、のか?これを」
「......うん」
作った本人も目を丸くして、不気味な液体を見つめている。そんな様子で大丈夫か。というか、作った本人が飲めそうにないなら誰が飲むんだ......。
(......仕方ない)
目を丸くしている巳に期待は出来ない。俺はコップに手を伸ばし、その中身に口をつけた。ワインの味が強いが、不味くはない。
「......まぁ、飲めなくはない」
「嘘ぉ~、じゃあオレの分も飲む?」
「なんでそうなる。お前も飲め」
「え~...だって怖いじゃん。これ飲んで本当に媚薬だったらどうするの?」
「じゃあなんで作ったんだ」
本当に意味が分からない。こいつはバカなのか。いや、こいつだけではない。俺も馬鹿なのか。なんでこんな得体も知れない物を飲んだんだ。冷静になればなるほどバカげている自分の行いに、心底呆れて死にたくなった。
「......もういい。貸せ」
もうどうにでもなればいい。
俺は自暴自棄になって、2人分の媚薬もどきを飲み干した。
『いつだって冷静でいなよ。勝てるものにも勝てなくなるよ』
十二支連合に入ってすぐの頃、よく戌にそう言われた。あの頃は意味が分からず聞き流していたが、今になってやっと意味が分かった。
(こうならないように...という事なんだろうな)
酒のせいかグワングワンと回る視界に吐き気を覚えながら、戌の教えの大切さを噛み締める。
「...お兄さん、大丈夫?」
「だ、いじょふ...ゃない。おい、ベッド揺らすな...戸籍ごと消すぞ...」
「口だけは元気っぽいね」
大丈夫なものか。舌は上手く回らんし、巳の声が脳みそにゥワンゥワンと響いている。
(これは媚薬じゃなくて...ただの酒...)
これではただの酔っ払いだ。あぁ、気持ち悪いし情けない...。ベッドの上に座りながら、グルグルと回る自分の体幹にバランスを崩した。
「っ、と...だいじょ...」
「っひン!?」
「え?」
肩を支えてくれた巳の手の感触に、体が跳ねた。ザワザワと背筋が粟立ち、頭が混乱する。
(え?なんだ今の...)
触れているところから、優しく溶けていくような感覚。怖くて気持ち悪くてどうにかしたいが、体が動かない。
「...お兄さん?大丈夫?」
「......黙ってないとお前を地球ごと消すぞ」
「...大丈夫そうだねぇ」
そう言って俺の肩を撫でる巳の手付きは、俺の心の内を察しているようにゆっくりと肩を這った。
「ぅっ、...っあ、は...っん、」
肩を撫でられているだけなのに、どうしようもなく気持ちがいい。巳の手を払いのけようと手を伸ばしたが、アッサリと握られてしまった。
「ひぇあっ!?あ、やっ...ふぅ、っう!」
そしてあの、先端が割れた舌で指の付け根をベロリと舐められた。溶ける、そこから溶けてしまう。怖くて歯をガチガチと鳴らすと、巳が嬉しそうに口角を上げた。
「...本物かもね、これ」
つ、と手首を這い始めた舌に息を呑んで、俺は静かに頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!