赤い媚薬

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赤い媚薬

 「ねーねー。林檎ジュースで媚薬作れるらしいから作っていい?」 「くたばれ」 朝も早くから人の部屋に来たと思えば、また訳の分からん事を言い始めた。  巳が持ってきた袋の中には林檎ジュースと赤ワイン、それから苺ジャムが入っていた。 「...どうやって作るんだ?」 「普通に混ぜて作ればいいんだって」 「...くだらん。そんな簡単に作れるわけがあるか」 「はいはい。つべこべ言わない〜」 目の前のテーブルに置かれたコップに、林檎ジュースが注がれた。そこに赤ワイン、苺ジャムと順に追加されていき、何やら不気味な液体ができた。 「...飲む、のか?これを」 「......うん」 作った本人も目を丸くして、不気味な液体を見つめている。そんな様子で大丈夫か。というか、作った本人が飲めそうにないなら誰が飲むんだ......。 (......仕方ない)  目を丸くしている巳に期待は出来ない。俺はコップに手を伸ばし、その中身に口をつけた。ワインの味が強いが、不味くはない。 「......まぁ、飲めなくはない」 「嘘ぉ~、じゃあオレの分も飲む?」 「なんでそうなる。お前も飲め」 「え~...だって怖いじゃん。これ飲んで本当に媚薬だったらどうするの?」 「じゃあなんで作ったんだ」 本当に意味が分からない。こいつはバカなのか。いや、こいつだけではない。俺も馬鹿なのか。なんでこんな得体も知れない物を飲んだんだ。冷静になればなるほどバカげている自分の行いに、心底呆れて死にたくなった。 「......もういい。貸せ」 もうどうにでもなればいい。 俺は自暴自棄になって、2人分の媚薬もどきを飲み干した。  『いつだって冷静でいなよ。勝てるものにも勝てなくなるよ』 十二支連合に入ってすぐの頃、よく戌にそう言われた。あの頃は意味が分からず聞き流していたが、今になってやっと意味が分かった。 (こうならないように...という事なんだろうな) 酒のせいかグワングワンと回る視界に吐き気を覚えながら、戌の教えの大切さを噛み締める。  「...お兄さん、大丈夫?」 「だ、いじょふ...ゃない。おい、ベッド揺らすな...戸籍ごと消すぞ...」 「口だけは元気っぽいね」 大丈夫なものか。舌は上手く回らんし、巳の声が脳みそにゥワンゥワンと響いている。 (これは媚薬じゃなくて...ただの酒...) これではただの酔っ払いだ。あぁ、気持ち悪いし情けない...。ベッドの上に座りながら、グルグルと回る自分の体幹にバランスを崩した。 「っ、と...だいじょ...」 「っひン!?」 「え?」  肩を支えてくれた巳の手の感触に、体が跳ねた。ザワザワと背筋が粟立ち、頭が混乱する。 (え?なんだ今の...) 触れているところから、優しく溶けていくような感覚。怖くて気持ち悪くてどうにかしたいが、体が動かない。 「...お兄さん?大丈夫?」 「......黙ってないとお前を地球ごと消すぞ」 「...大丈夫そうだねぇ」 そう言って俺の肩を撫でる巳の手付きは、俺の心の内を察しているようにゆっくりと肩を這った。 「ぅっ、...っあ、は...っん、」 肩を撫でられているだけなのに、どうしようもなく気持ちがいい。巳の手を払いのけようと手を伸ばしたが、アッサリと握られてしまった。  「ひぇあっ!?あ、やっ...ふぅ、っう!」 そしてあの、先端が割れた舌で指の付け根をベロリと舐められた。溶ける、そこから溶けてしまう。怖くて歯をガチガチと鳴らすと、巳が嬉しそうに口角を上げた。 「...本物かもね、これ」 つ、と手首を這い始めた舌に息を呑んで、俺は静かに頷いた。
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