あの日の事を、少しだけ

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あの日の事を、少しだけ

 ...それは、本当に突然だった。 「なぁ、(かおる)。オレ、今いるチームを抜けようと思うんだ」 「......は?」 僕の小学校からの親友である煌士(こうじ)が、今のチームを辞めると言い始めたのだ。  「どうしたの急に......何かあった?」 「"何かあった?"......そうだな。きっと神様がオレに悪戯をしてしまったんだろうな...」 「殺すよ?」 「......やめてくれ」 煌士は喧嘩が強く、重度のナルシストである。僕は慣れた口調で煌士のナルシスト発言をバッサリと切り捨てて、話を進める。  「...ていうか、いいの?煌士。暴走族って辞めるのにうるさいんでしょ?ボコボコにされない??」 「ん?......まぁ、間違いなくボコボコにされるだろうな」 驚くほどアッサリと言った煌士に目を丸くすると、煌士はいつものように「ふっ、」と笑った。 「...それでもオレの決心は揺らがないよ。オレは"あの男"の背中についていく」 「......"あの男"?」 「ま、詳しくは風に聞いてくれ。...じゃ、また後でな。薫」 「え?!あ、ちょ...っ、」 こちらに背中を向けて歩き出す煌士の背中に手を伸ばすも届かず。僕は煌士の背中を見送った。  (...にしても大丈夫かな、煌士) 実家の花屋の仕事を手伝いながら、僕は煌士が心配でどうしようもなかった。 「はぁ~あ......ぃでっ、」 「おい、なにしてンだよ」 「...姉さん」 ホウキを握り締めてぼんやりと立つ僕の背中を、姉さんが軽く殴った。 「ちゃんとホウキかけろよ。客がヒくだろが」 「...姉さん。暴走族って辞めるの大変でしょ?」 「......ンだよ急に」 「......実はさ、」  「...そりゃ死んで帰ってくるかもな」 「......やっぱり?」 「...辞めるぐらいなら良いけどさ。チーム移るっていうと結構うるさいよ」 「......そっか、」 こういう時ばかりは、姉が暴走族で良かったと思う。 (......とりあえず救急箱用意しておくか) これからの事を予想して、僕は持っていたホウキを意味もなく揺らし、大きく溜め息をついた。  日付が変わるかどうか...という時間に、誰かが店の裏口のシャッターを叩いた。 (...来たか) 読みかけの雑誌を閉じ、恐る恐るシャッターを開けると...。 「、大丈夫?」 「......ン、」 顔はボコボコ、服はボロボロの煌士が立っていた。口が切れてうまく喋れないのか、話しかけても言葉らしい言葉が返ってこない。 「...部屋、来る?」 「......ン、」 こくり、と煌士が頷いた瞬間。 閉店前に掃除したばかりの床に血が滴った。  傷の手当てをしようと服を脱がせた所で、僕は思わず口元を押さえた。背中や胸は痣だらけで、生乾きの血が嫌な臭いを発していたからだ。 「...よく通報されなかったね」 「ン......っ、ぐ、」 生乾きの血を拭こうと傷口にガーゼを当てた瞬間、煌士が体を震わせた。 「、ごめん。痛かった?」 「......。」 煌士が首を横に振ると、微かに煌士のシャンプーの香りがした。僕が苦手な、人工的な優しい花の香りだ。  「...チーム、辞めれた?」 「......あ"ぁ、どうにか...な"...っ、」 「...そっか、」 喉に血の塊でも絡まっているのだろうか。煌士の言葉は濁り、少し聞き取りにくかった。  「.........ぅ、」 煌士の広くて綺麗だった背中が、こんなボロボロになるなんて...。ガーゼで傷口を綺麗にしながら、僕は思わず泣いてしまった。  「...ぉい、どした...?」 煌士の掠れた声が鼓膜を叩き、僕は溢れた涙を袖で拭った。煌士は僕の震える背中に手を添えて、心配そうな顔をしている。 「何で泣くんだよ...どうした?」 「...なんで、」 「え?」 「なんでそうまでして...辞めたがるのさ...」 こんな目に遭うと分かっていて、どうして現状を変えたいのか...僕には少しも理解できなかった。  「......すまない、薫。まさかお前がここまで心配するとは...思わなかった」 僕の背中に手を添えて、煌士は困ったように笑った。そして「でもな」と続けて、少しだけ遠くを見た。 「...オレはどうしても、運命と共に生きたい性分なんだ......許してくれ、」 「...ごろずよ......っ、」 「......勘弁してくれ」 「今は本当に無理だ。死ぬ」と、煌士が困ったように笑って僕を抱き締めた。
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