ほえる、ほえる。

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 ***  幸いにして、逃げたプリンはすぐに見つかった。彼女は病院のカウンターの前で、大きな体をかがめてガタガタと震えていたからである。  ただ、逃げる際相当慌てたのか、その足は石ころやガラス片を踏んで傷だらけになっていた。当然僕は家に帰ったあと、両親にいろんな意味で大目玉を喰らうことになる。プリンを連れてきてしまったこと、本気で怖い思いをさせてしまったこと、心の底から申し訳ないと思ったのは事実だ。  しかし彼女がいなければ、僕らはきっとあのまま何も気づかずに地階の奥へ進んでいたことだろう。自由研究のためのお化けは見つからなかったが、それでもこうして全員無事で帰ってくることはできなかったのかもしれない。なんせ、後で知ったのだから――あの病院の地階は、防火扉が下りて、絶対に入れないように塞がれていたということを。僕達は、入ることができないはずの地階に、何故か迷い込んでしまっていたということになる。 ――やっぱり、不法侵入なんかするもんじゃないし、そんなものを自由研究になんかするべきじゃないよな。  帰ってきたその日以来、しきりに左前足を舐めるプリンを見ていると不安な気持ちになる。  エイジが教えてくれたからだ。あの病院の都市伝説の続きを。 『首吊りで患者が死んだ……ってだけでも怖いんだけどさ。この話には続きがあるんだ。確かに、患者は遺書も残してたし、ロープには本人の指紋しか出なかった。自殺であったのは間違いないはずなんだけど……』  なかったんだよ、と。彼は声をひそめて告げたのである。 『死体が発見された時、何故かなかったんだって。……本人の左腕だけが、切り落とされたようにすっぱりと。まるで、誰かが持ち去ったみたいに。おかげで病室は、凄い血の海になっちゃってたらしいよ……』  左腕を持ち去ったのは誰なのか。今だに、その犯人も、消えた左腕の行方も見つかっていないのだという。  死んだ少年は、今でも左腕を探して病院の中をさまよっている。特に、自分と同じくらいの年頃の子供を見ると、自分の左腕の代わりを貰おうと襲ってくるらしい――。  まったく、なんでそんな恐ろしい噂を知っているくせに、病院潜入に反対しなかったのか、彼は。 「おい、プリン。左前足ばっかり舐めるなって。不吉だからやめろって、な?」  いつも僕の部屋で伏せをするプリン。僕はどうしても気になってしまって、彼女にそう声をかけた。頭を撫でようとした僕の左手を、がし、と自らの右前脚で抑えるプリン。いつものじゃれあいか、そう思っていた僕が聞いたものは。 『じゃあ、代わりにお前の左腕をくれよ』  低く、唸るような声。  プリンはその黒い目を細め、がばり、と鋭い歯が並んだ口を開いたのだった。
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