ほえる、ほえる。

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 ***  おかしいな、と思ったのは。地下に下りてすぐにことである。  さっきまで興味津々で周囲の臭いを嗅いでいたプリンが、明らかに落ち着き無くキョロキョロし始めたからだ。尻尾もしょんぼりと下がっている。どうやらいっちょまえに恐怖を感じているらしい。いつも能天気で、誰に対しても前足を上げてのしかかってじゃれる(そしてひっくり返す)ような犬だというのに、一体どうしたというのか。 「おいプリン、どうした。お前らしくもないぞ。まさかなんか見えるっていうんじゃないよな?」  階段を降り、リネン室と書かれたドアを通り過ぎようとした、まさにその時だ。 「ウ……」  突然。プリンが、歯を剥き出しにして唸り始めた。そして。 「ワンッ!ワンワンワンワンワン!ワンワン!ワンッ!!」 「ちょっプリン!?」  それは僕が生まれて初めて聴く、プリンの本気で激怒したような鳴き声だった。ひたすら真っ暗な廊下の多くに向かって吠える、吠える、吠える。流石におかしいと思った僕も、やっくん達も立ち止まった。全員が不安げに、廊下の奥の方を見つめた。明らかに、プリンは何かがいるのを察知して吠えている。しかも足をがっしりと地面につけ、じりじりと後退しているということは――これ以上絶対に前に行きたくない、むしろ逃げたい意思の現れと言って良かった。 「おい待てよ、落ち着けよプリン!なんだよ、あっちに何があるってんだよ!?」  零感ではなかったのか、この犬は。何度真っ暗な廊下の奥を見つめても、懐中電灯で照らしても、僕の目には何も見ることができない。ただ、目をかっと見開いて、凄まじい勢いで吠え続けるプリンの声が響き続けるばかりである。やがて。 「わっ」  プリンにぐいっ、とリードを勢い良く引っ張られて。凄まじい力に、僕は思わずリードを放して尻餅をついてしまっていた。途端、プリンはご主人様のことさえも忘れたように、脇目もふらず元来た道を逃げ出したのである。流石大型犬、なんて感心している場合ではない。彼女の怯えようは尋常ではなかった――何も見えない、感じない僕らが恐怖を感じるほどには。 「ま、待ってってプリン!プリンー!!」  僕は慌てて立ち上がり、彼女を追いかけ始める。やっくん達もすぐにあとをついてきていた。  面白半分だった彼らも、なんとなく察したのだろう――これ以上、進んではいけないということを。
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