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あと五分。とにかく、きっちりした性格の義治さんは帰宅時間は早くなることがあっても遅くなることは、まずない。気まぐれを起こすことは、とてもとても稀で、そういう時は必ず連絡が来る。
だけど、ポケットの中にある携帯を見ても通知の印が来ているのは、あの悪友だけ。いつの間にかグループ登録された連絡先だけが光をともしていた。
どうせ、くだらないやり取りが書かれているに決まっていると思ったので、そのまま携帯の電源を切った。
困った。帰ってくる旦那様に、なんて詫びをしようか。それより、あの硬派な旦那様に昼間からお酒を飲んだことで嫌われはしないだろうか。離婚届を突きつけられやしないだろうか。義治さんが帰ってくるのをただ待つ五分間、お酒の力も相まって、いつもより悲観的な考え方をしていた。
義治さんが、静かに帰ってくる音が聞こえた。扉の開け締め、足音、ただいまの声。何もしなかった五分のせいで、これらが聞けなくなるのかと、悔やしくて思わず涙が出た。
普段なら、こんなことでは泣きもしないのに、多分お酒の威力だと思う。
そんな私を見て、いつもは動じない義治さんでもギョッとして、何があったと駆けつけてくれた。
椅子にも座らずへたり込み、すすり泣く酒臭い私は、自分から見ても汚いし哀れだ。凛とした義治さんの隣には、相応しくないように思えた。
大丈夫かと、低めで優しい声が涙を誘う。言葉にならない嗚咽が続く。ようやく絞り出したのが「別れたくないです〜」という、昔の私では考えられないような弱気な発言であった。ワアワア泣くだけの私の背中を義治さんは、ただ静かに擦ってくれた。
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