「知っていますわ」

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「知っていますわ」

館の門の前で一人の魔女が立っている。肩には大きなトンボの姿。 長い四枚の羽が空を打ち、その細い体が宙へと浮かぶ。そして、そのトンボは庭師の元へと飛んでいった。 新たな来訪者を迎えた庭師は、決まりが悪そうな顔をしてこう言った。 おやおや、どうやら聞かれていたご様子。 失礼。しばらく私は席を外させていただきます。代わりにあの方がいらっしゃるでしょう。 聞かれてみてはいかがですか? 本人が語る魔女の姉妹の話を。 ごきげんよう。あなた、聞かれていたみたいですわね、私たち姉妹の話を。 いいえ、そんな顔なさらないで。 知っていましたわ。あの庭師があの子のことを嫌っているのは。いいえ、この世界にはもうあの子を嫌わない者などいないのかもしれませんわね。 それでも、私は妹を愛しているのですわ。 だって、あの子は。 私の大事な大事な『揃い』なのですから。 改めて名乗りましょう。 私は『不揃いの魔女』フローリア・エクアル。揃いを造る魔法を得意とする、消えた揃いを探し続ける愚かな魔女でございますわ。 皆がワガママ魔女と言って嫌う傍若無人の魔女は、間違いなく、私の妹でございます。 あの子が忘却の森に入ってしまい、あのようなことになってしまっていることは。ええ、ええ。存じておりますとも。私とてだてに探し回ってなどおりませんわ。情報は既にこの耳で聞き及んでいますの。 ですが、私は。いいえ、誰も、あの子に会いに行くことなどできないのでございます。 あの子が忘却の森にいる限り。 それほど強い力でもって、あの森は全てを忘れさせるのですわ。あの場所はそういう所なのです。 では、私の知り得る限りのあの子との思い出を聞いていただきますわよ。 その前にコーヒーのおかわりはいかが? はい、どうぞ。 まずは、あの子の名前ですわね。 目の前にガチャンと音をたててカップが置かれた。慣れていない動きではあったが、中に注がれたコーヒーは先程までカップを満たしていたものとは別の芳しい香りを立ち上らせていた。 そしてその横には、丁寧にもシュガーポットとたっぷり満ちたミルクポットが用意されているのであった。
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