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不意に、フローリアの肩へ大きなトンボが羽を休めに降りてきた。重さを感じさせない動きで、彼、もしくは彼女は主の肩をゆらりと飾った。
あらあら。飽きてしまったようですわね。そろそろお帰りの時間でして?
それでは、最後にもう一つだけ。
そう言って、フローリアはカップの中身を全て飲み干した。
あの子は、たった一人で戻れないピクニックに出掛けてしまいましたわ。全てを忘れて、深い森の中にたった一人。でも、いつか必ず私のもとに戻ってきますわ。だってあの子は私の愛しい妹。
姉に迎えに来て欲しくて、森の入り口に大きな目印を置いて行ったのですわ。それは、自らの使い魔である大きなチョウ。きっと、髪止めがあるからと気を抜きましたのね。
不運にもあの子は森から帰れなくなってしまいましたわ。
ああ、本当にかわいい子だこと。私、知っていますわ。
あの子はワガママで、傍若無人で、自分の思い通りにならないとすぐに拗ねる面倒な性格。乱暴な物言いだって日常茶飯事。でも、そこが可愛らしいのですわ。一人前の魔女として独り立ちした今でも、私にすぐに甘えたがる愛しい子。
あの子は、私を待っていますのよ。
だから、私。
フローリアは口元をにやりと歪めた。
あの子が何を仕出かしていても、全て許せますわよ。それがたとえどんなに酷いことであったとしても。
だって、あの子は私のお揃いですもの。
フローリアは席を立った。そして、今しがたまで座って話をしていた姉としての顔を沈め、魔女の、不揃いの魔女としての顔を覗かせてこう言った。
せいぜい忘却の森には近づかないことですわね。あなた、あの子が好みそうなタイプですもの。
捕まったらさいご、どんなことになるかわかりませんわよ?
そう言って、不揃いの魔女は霧の館を去っていったのである。
森の中に消える魔女の背を、門の内側から庭師が見つめていた。
間もなく地平へと太陽が沈むであろう。夜の闇が舞い降り、そこに棲む住人たちの時間が訪れるのだ。
今夜の寝床を不運にも与えられなかったあなたは森の中で朝が来るのを待つしかない。静かに、静かに、息を殺して、彼らに見つからないように夜の終わりを待つしかないのだ。
今夜も月は上るだろう。
しかし、夜空の月があなたを見つけてくれるとは限らない。果たして、無事に家へと帰り着くことができるだろうか。
館を出た影が、今、森の中へと消えていった。
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