4.下心など、ない……

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4.下心など、ない……

 消防官だという彼は、最近、念願叶ってレスキュー隊に入隊ができたばかりだという。  そのせいか、シンプルなカジュアルスタイルな服の下は、たしかにがっしり体型ぽいと、洋服を売ることもある販売員としてわかってしまった。 「せっかくのお休みだったでしょうに。わざわざ大通まで来させてしまって、申し訳なかったです」 「いえ。お姉さんのおかげで、久しぶりに真人と話せたし、お姉さんがもの凄く夢中になっているとお聞きして、これは半月も待ってなんていられないだろうなと思ったんですよ。俺も、いろいろな新刊を楽しみにして過ごしているものですから」  あ、漫画でストレス解消の気持ちがわかる人だと真広も思った。 「仕事と独身寮を往復するだけの生活で、非番の日は漫画読まなければ、暇なもんなんです」 「でも。その休暇は、大事な休養をする時間なんですよね」 「だからって。ごろごろしていれば肉体的には休息できますが、精神的にはそうでもないんですよ。たまにこうして、外に出る機会も作らないと。今日はそんな気持ちで出てこられましたから。逆にお礼を言いたいくらいです」  爽やかだなあ……と、真広は見とれてしまった。  変に気取ったファッションでもないし、かといって、変なセンスでもない清潔感に溢れていた。  市民のために身体を張っているレスキュー隊員だと聞いたからかもしれないが……。 「でも、俺。馬鹿ですね。50巻全部持って来ちゃって。お姉さん、女性なのに。これでは重くて大変です。えっとお住まいはどちらでしたっけ」 「地下鉄で……。でも今日はタクシーに乗ってでも、持って帰るつもりでした。意地でも持って帰ると弟に言ったら、呆れられちゃって。でも、そのつもりです。それほどに、いままとまった青年漫画が読みたくて読みたくて」 「そんなタクシーだなんて。この本がいくぶんか買えちゃいますよ」 「真人にも言われました。でもいいんです。私にはそれだけの価値があって、弟の本棚も、槙野さんの本棚も、いままで青年誌に触れたこともなかった私には『ワイナリー』と一緒で、揃えてくれた人はソムリエなんです」  そんなたとえに、彼が面食らった顔をした。 「漫画ソムリエってことですか!」 「はい。あ、弟と男同士の気兼ねない食事ができるようなお礼とかいかがでしょう。仕事柄、おいしいお店もいろいろ知っているしツテもあるので手配いたします」 「だとしたら。お姉さんは、お店ソムリエですね」  お店ソムリエ――。確かに、外商員はいろいろな店舗をリサーチして商品をピックアップするから合ってはいるかもしれないと、真広も笑っていた。
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