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「せっかくお休みの日に出てこられて申し訳なかったので、お礼を。夕飯はまだですか」
「は、はい。でも、お気遣いなく。早く持って帰ってお読みください」
それも爽やかな笑顔だった。
でも真広にはわかる。
人のための心からの笑顔というものがあるのだ。
彼もそうだ。自分から決めたことだが、人のために身体と命を張って市民を守ることを誇りとして精進しているのだろう。
そして彼も、自分より人のためを先に考えて動ける人なのだ。それがまた自分の誇りを積んでいくから。
それなら。なおさらだ。
「あー、これ。やっぱり重たいなあ……。やっぱり持ってもらおうかなあ……」
わざとらしい声が彼の背に届くよう、そしてあからさまなため息もついてみる。
実際にほんとうに重たかった。これはタクシー以外に持って帰るのは無理。
そのまま真広はベンチのうえに、もらったばかりの紙袋を置いた。
「あー、無理っぽーい。これ、無理。おなかも空いているし、力はいらないー」
急に気の抜けた声でへたれる真広を見て、彼がきびすを返して戻って来た。
「……お姉さんって。確信犯ですか」
接客業は人の機微を見てあれこれ先を考える仕事。素直で実直そうな男なら、レスキュー隊員なら、困った人を放っておけないだろうという、真広の悪いやり方だった。それを彼も見抜いて、俺を引き留めるための確信犯かと言っている。
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