アニバーサリー・プレゼント

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 陽射しが陰った昼下がり、商店街の通りを一本外れると現れてくる露天商通り。直史の目的の店はその一角にあった。 「よう、久しぶりだな。商売は順調か?」 「おっ?直史さんか、久しぶりですね。まぁぼちぼちですよ。今日はまた彼女さんへのプレゼントですか?」  この露天商の店主、名前を仁志と言うが、1年ぐらい前からの付き合いである。  彼女の美香は体の容姿がいいし何より体の相性がいいのだが、如何せん性格に難がある。特に高価な宝飾類を欲しがるので直史はそのことに辟易していた。  付き合いたてだった初めてのクリスマス、プレゼントにと2万円もかかるブレスレットを買わされた。その後も、バレンタイン記念だのハロゥインだのイベントがあるごとに出費させられたのだ。  正直に言うととっとと別れたいとことだったが、また新しい彼女を探すのもめんどくさく風俗通いなど真っ平ごめんなので、仕方なく美香との交際を続けていた。  だがしかし、それでは出費はかさむばかり、そこで目を付けたのがこの露天商だった。  ここで2、3千円ぐらいのアクセサリーを購入し、ジュエリーショップで扱うようなベルベット調のジュエリーケースをあしらえば安く済むという寸法だ。  もう5回ぐらいはこの店を利用しているためか、利用し始めて3回目ぐらいから顔を覚えられたようだった。曰く、安価で購入したアクセサリーを同額ぐらいのジュエリーケースに包んでほしいなんて客はそんないないとのことだ。 「あぁ、大体はいつもと同じだ。ただ今回はちょっといいモンが手に入ったんでな」 「いいもの?」 「これだよ。ちょっとこれの汚れを落としてほしいんだ。いつも使ってやってんだから少しは安く仕上げろよ」  そう言って手渡したのは、つい先日直史が拾った例の赤い宝石が輝く薄汚れたペンダントだった。 「これは……綺麗な赤い石ですね。ルビー?いや、もしかしてレッドスピネル?こんなの一体どこで…」  渡されたペンダントをまじまじと見ていた仁志だったが、いきなり「っひぃ」とペンダントを投げ捨てた。 「おいっ!手荒に扱う奴がいるか!ここのやすっちいパチモンじゃねえんだぞ!!」  仁志の胸倉を掴み、怒り心頭で怒鳴る直史に怯えもせず仁志は震えながら答えた。 「あ、あの…チェーンの変色…血ですよ…」 「血だぁ?」  ブルブル震える仁志から手を離し、投げ捨てれたペンダントを拾い上げた。仁志が言うには、このペンダントの変色は血だという。何という馬鹿らしさ。 「…直史さん!それは捨てたほうがいい!それヤバいですって。そういうのには手ぇ出しちゃいけねぇ。うちにもそういうのを持ってくる客がいたけど、そういう奴は大体ヤバい目に遭ってるんですよ!」  直史はそう喚く仁志を一瞥して、無常に言い渡す。 「てめぇがどう思おうと知ったこっちゃねーんだよ。いいからこいつをキレイにしろ。でなきゃここが営業許可取ってないって行政にバラすぞ」  鬼の形相で脅す直史に対し、仁志は心底恐ろしいものを見るような眼を向けガクリと肩を落とした。 「商店街の雑貨屋がアクセサリーの修理とかも扱ってるんで、そこを紹介します。料金はオレが持つから、どうか帰ってくれ」 「おっ?殊勝な態度じゃないか。関心関心!じゃ、これ頼むわ」  ペンダントを件の雑貨屋にとりなすよう渡そうとすると、仁志はそれを嫌がり、懐からメモ帳を取り出し凄い勢いで雑貨屋の住所を書き、そのメモと一緒に3万を押し付けた。 「これだけありゃ足りるっしょ!これ持って出てけ!もう、うちにくんじゃねぇぇ!」  仁志の叫びに近辺の露天商やその客は何事かと目をやる。直史は周りの好奇の目に舌打ちをしたが、内心は思わぬ収入が入りほくそ笑んだ。 「おう、悪いな。じゃぁこれからも頑張れよ」と激励を贈るがなんとも白々しい。  ボディバッグから財布を取り出し仁志が渡した3万を仕舞い、ネックレスをバックの内ポケットに無造作に突っ込んだ。  その行動を怯えた眼で仁志はただ、見つめていた。  仁志が手渡したメモの雑貨屋に修繕を依頼に行き、雑貨屋の店主はその薄汚れたペンダントに顔をしかめたが、修繕費に2万を出したらゴマすりをするように快諾した。  3万丸まる使うのはアレなので、修繕は2万使用して1万は懐に入れたのだった。  後日、ペンダントの修繕が終わったと連絡があり取りに行ったら雑貨屋の店主は妙に青ざめた顔をしていた。少し気になったが、綺麗に仕上がったペンダントの前には些細な問題なのですぐに気にならなくなった。包装も豪華に彩られこれで交際記念日も何とか乗り切れるなと胸を撫でおろした。  ガタガタと震える店主が、凍えた声で「どうしよう、次はオレなのか…」と呟いた声など、陽気に浮かれる直史の耳には届かなかった。
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