そして僕らは眠りに就く

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 夏になったら向日葵を見に行こう。そんな約束をしていた。その約束を果たした後、僕はどうすれば良かったのだろう。  僕たちは所謂バカップルで、言うなればラブラブだった。だからその幸せを脅かす存在のことなどハナから考えていなかった。  今にして思えば、それが傲りだったのだろう。罰ならば甘んじて受け入れる。それが彼女に対する、僕と俺の唯一の贖罪だから。 「来人、すごいねー」 「のぞみの方が可愛いけどね」 「何それ、私は花と同列ってこと?」 「へへへ、ごめんってば」 「もう!」  ロミこと俺は水面下でここぞという時を狙っていた。仕事の側面としての理性と共に、俺という存在をアピールしたい。知られたい。あわよくば愛されたい。そんな原初的な欲求に従って。  ロミはエイリアンだ。今はこの女性の前に居る頼りない男、来人に取り憑いている。本人に自覚は無いが、時折身体のコントロールを奪っているので来人も何かしら不審には思っているかもしれない。  今日は夏を謳歌する為に向日葵畑に来ている。来人とは途中から意識を乗っ取ったのでのぞみとイチャついてるのはおおよそロミだ。  ただ、綺麗だから向日葵畑に来ている訳ではない。ここはエイリアンの能力を増大させてくれるパワースポットだからだ。今日、ロミはのぞみに圧倒的な力を見せつけて自分のことを公にするつもりだった。すぅと息を吸い込み、口を開く。 「来人、じゃないよね。あなたは誰?」  そう思っていたら早速見破られてしまった。まぁ本人が気付いたのならば好都合だろうか、などと日和見なのも平和ボケか。この男の代わりにのぞみとイチャつく日々を過ごしてしまった為か。  「俺は地球を救いに来たんだ」  そんな話を、来人の恋人のぞみにした。特殊能力としての催眠の為か彼女はあっさりとそれを信じた。いや、真実であるし、俺の特殊能力もこのパワースポットの影響で強まっている筈なので抵抗などある訳ないのだが、何ともあっさりとしていて些か呆気ない。  これは俺の力だけではない、のぞみ側の何かが俺を信じさせている。そう確信した俺はのぞみにやんわりと「どうしてエイリアンを信じるんだ?」と問い掛けた。見つめ合い、精神を同調させる。強められた俺の能力により今の彼女は本音しか話せない。  その後の彼女の言葉で知り得た内容によると、のぞみは、自分の両親を殺した奴らに復讐したいと思っているらしい。そいつは超能力者だった。だから、異星人にも違和感は感じないと。人類なんて滅んでも良いと。  俺がしたいのはあくまでも人類の統治であり、殲滅では無い。そう言ったらあからさまに残念そうな顔をされた。  あんなに愛想の良い娘が心の内に抱えたドロドロとした憎しみに触れて、俺は感激していた。そしてその後は二人で延々と作戦会議をしていた。  向日葵畑での邂逅。その日は来人にとって特別な一日になる筈だったのに、俺はそれを不意にした。プロポーズの為の指輪はポケットにしまわれたまま、持ち主の家へ帰った。  それから俺は来人の意識を時折乗っ取り、のぞみと計画を進めていた。乱暴な策ばかり提案するのぞみを宥め、人類に新しい明日を迎えさせる案を模索する。  ロミは故郷の星にこれっぽっちも愛着を持っていなかったので、侵略もそれほど身が入っていなかった。しかし、どちらかというとのぞみの方が乗り気だった。  のぞみはそんなにもこの星が憎いらしい。いつも清廉として人徳者ののぞみからは想像もつかないが、ロミの計画に賛同する理由は以前通り。  のぞみは両親を犯罪者に殺されていた。その復讐の為だけに検事を目指して大学に入り、難しい勉強をしている。ただ楽だからと国文科を選んだ来人とはえらい違いようだ。そして怪しい友達から、犯人が超能力者という手掛かりまで手に入れたらしい。  何故、のぞみは来人と付き合っているのだろう。その謎の救いようもない真実を、後に俺は知ることになる。  向日葵畑に行ってから、何だかのぞみの様子がおかしい。僕を見かけて笑顔になるのは同じでも、その質が違うことくらい今まで付き合っていた月日のおかげで分かった。  何がのぞみを変えてしまったのだろう? 僕に出来ることは? そう聞きたいけれども臆病な僕はのぞみにそう問いかけることを出来ずにいた。  あの日、僕は彼女にプロポーズする筈だった。なのに気付いたら一日は終わっていた。哀しい気持ちだけが残っているけれども、のぞみは悉くあの日のことを引っ張り出しては楽しかったね、と笑うのだ。僕も笑うしかない。  その笑顔の訳を、暫く経ってから僕は知ることが出来た。  大学の講義が講師の都合により休みとなったので、ロミは街を歩いていた。平日昼間の閑静な住宅街を闊歩するのは気分が良い。そう思っていたら、唐突に意識がブレた。頭の奥から声が聞こえる。 (お前は誰だ……?)  来人が意識を取り戻しかけているらしい。身体のコントロールは未だにこちらにあるけれども、それも時間の問題だろう。ここで俺は賭けに出た。 「俺はロミ。お前の身体を使って、お前とのぞみを救いに来た」  どうも俺の種族は地球人に催眠を掛けやすいらしい。来人もあっさりと、俺の存在を許した。のぞみもきっと、復讐というのは建前で俺の催眠にかかっていたからというのが強い理由なのだろうという考えが浮かぶ。いかにもありそうな話だ。しかし、催眠だとしてものぞみの心の奥に復讐心があるということは変わらない。  そのことを来人に話さなかったのは俺も分からないが、多分独占欲だったのだろうと今は思う。  そのうち、一つの身体に二つの意思が入っているという状態に来人も慣れてきたのか、俺にいちいち意見してくるようになった。それは地球暮らしの浅い俺にとって最適なアドバイスであったのだけども少々辟易とする。 「その味のフーセンガムはすごい不味かったよ」 「のぞみはバラよりユリの方が好きだ」  などなど、よって俺はいちいち行動を躊躇うようになってしまった。作戦は一向に進まない。膠着状態。のぞみと俺が会う機会も減りのぞみは来人のことを疎ましく感じ始めているようだった。これは俺の失敗だ。  しかし俺とのぞみの間では進展があった。俺が、のぞみの復讐心を来人は知っているのか、という問いに彼女はこう返して来たのだった。 「そんな話来人にするわけないじゃない。だって来人の父親は、あいつのパトロンなのだもの。折角掴んだ手掛かりを不意にするようなことはしないわ」  のぞみはひっそりと、掠れる声でそんな言葉を呟いた。彼女も苦しんでいるのだと、俺は分かった。そんな彼女を癒したい。そんな感情はロミが産まれて初めて得たものだった。  俺はのぞみに止められていたというのに、その話を来人にしてしまった。それが俺の二番目の誤ちだろう。 「結局僕が誰かの一番になれるなんてことは幻想だった訳だ。お前とのぞみでよろしくやってれば良いだろ。もう僕を巻き込むな。僕は眠るから起こすなよ、ロミ」  それが来人が俺の名前を初めて呼んだ日だった。その後、来人は俺の名前を二度と呼ばないであろうことを考えると、もう二度とは無い機会だった。しかしこの自嘲するような来人の言葉に、俺はただ沈黙することしか出来なかった。  ギクシャクする関係をどうにかしたいと思いながら、夏が終わろうとしていた。向日葵畑にもう一度行こう。そこでのぞみと来人をやり直させよう。そう思うに至ったのは、地球人に情が湧き過ぎた為か。故郷の同胞よりも地球人の肩を持つというのか。  二人共乗り気ではなかったけども、俺が地球で暮らしている上での蓄積エネルギーが減った為、チャージをしたいと申し出たら二人は了承した。  かつてより眩しくなくなった日差しを浴びて、向日葵の群れが放つ波動を捕まえる。ロミの故郷に花という存在は無いが、ロミの種族に一番近い存在が花だった。その存在の生気を得ることによって俺はこの地球上で生きていける。  夏が終わったら紅葉。冬が来たら柊と、植物であれば何でも良いのだが季節盛りのものが一番美味しくいただける。  花弁が萎れて枯れかけの向日葵に囲まれ、生気を吸い込む。以前よりは美味しくはないが、草臥れた俺にとっては渇いた身体に染み渡る水のようだ。  暫くそのままじっとしていると、のぞみが近付いてきた。手を後ろで組んで、ワンピースをなびかせ、ニッコリと笑い掛ける。その様を少し不審に思った俺はのぞみの顔を見た。  そうしたら、そこにはのぞみでありのぞみでない存在が居た。のぞみの紅い瞳の色が綺麗過ぎて、俺は気が狂ってしまいそうになった。狂気の瞳。それは、きっと、プレデターのもの。  ロミの星はプレデターと戦っている。地球侵略もどちらが先にやるかの競争である。だから、この星にプレデターが居たとしてもおかしくはない。ただ、ロミが誰よりも早く地球に来たという考えが先にあったので思いもよらなかった。  俺が来人に取り憑いたように、のぞみもプレデターに取り憑かれている。異星人は容易く地球人に取り憑ける。そのことに気付いても時は既に遅かった。この星はもう駄目だ。プレデターの圧倒的な力は、ロミたちが大勢居なければ太刀打ち出来ない。のぞみはこの星を滅ぼしてしまう。  俺が動揺していたら来人の意識が浮上してきた。来人に最悪な現状を説明し、俺も少し落ち着いた。ただ変えられないのは、プレデターは一人でも人類を滅ぼせる力を持っているということ。  それならばのぞみを殺せば良い? 違うだろう、それは。それだけは絶対にしてはいけない。何故なら僕も、ロミも、のぞみのことが好きになってしまっているから。 「のぞみが好きだ」 「俺も」 「気持ちは同じだね」 「ならやるべきことは決まっている」 「そうだ」  その答えを知ることにより、ロミは来人のことを守ってあげようと思った。ロミの能力は洗脳だけではない。意識の乖離。来人の意識を身体から切り離すことを可能にする能力。  センチメンタルなんてロミには似合わないけれども、来人はきっとそんな人間だった。二つの意識は混じり合い始める。  愛にはならない。恋でもない。どこまでも未満に過ぎない僕らの愛は、きっと未来永劫叶うことがないのだろう。  それを悲観的に捉えるか、楽観的に捉えるか。僕と俺の出した答えは一つだった。のぞみが心の底で臨んでいたこと。 『この身体を葬ろう』  私はあの日から、心からの笑顔を浮かべることが出来なくなっていた。大好きなパパとママが血塗れで倒れていたあの光景は忘れることも出来ない。  だから、復讐するのだ。犯罪者に。この世界に。人間に。来人に。  ロミとの計画は順調とは言えないまでもそこそこ上手くやっていけそうだった。けれど、途中から私に干渉する者が現れた。  彼は自分には名前が無いと言った。ただ、自分はプレデターという種族であると。人類を滅ぼす為にこの地球に来たと。だから、暫くの間身体を貸してくれないかと。  それは願ってもない申し出だった。私は人類を滅ぼしたい。ロミは人類を統治したい。その差に辟易としていたから。だから私はプレデターを受け入れた。  それからの日々ははっきりと覚えている。私は仲間を増やし、裏組織と取引をし、政治家に賄賂を贈り軍隊を懐柔した。全部私一人で出来た。プレデターの指示に従っていれば、何でも上手くいく。  次第に私は来人とロミを疎ましく思うようになった。元々来人は嫌いだったのだけれども。家族殺しのパトロンの息子というだけで近付いた、お人好しの大嫌いな人種。ロミももう今の私には不要だ。プレデターも、ロミの星の者たちとは折り合いが悪いらしい。  だから私は二人を殺すことにした。    夕暮れで真っ赤に染まった向日葵の中で、刃物がキラリときらめいた。紅い瞳ののぞみが笑顔でそれを振りかぶる。 「私、来人のこと好きだったよ」  そう言ってのぞみは僕のお腹にずぶりと包丁を沈ませた。 「嘘つきだね」  僕は精一杯の笑顔でのぞみを抱きしめた。刃が腹部にめり込み、口元からも血が垂れてきた。 「ただ、君の幸せを願ってる」  そしてだらだらと血を流す身体から切り離された僕の意識は、ロミと一緒に粒子へと化し、のぞみに見送られながら異星へと飛び立った。 「   」  のぞみが最後に口にした言葉の意味は分からなかった。けれど僕はロミの星で、今ではそこそこ幸せに暮らせている。  この星に四季は無い。だから、余計にあの夏のことが思い出されて時折無い胸が苦しくなってしまうけれども。  心に空いた穴は塞がれることの無いまま、一が全、全が一の異星人としての現在の僕は、まどろみの中で時折目覚める意識だけがある。何者でもなくなった僕たちは人間未満、異星人未満のはみ出し者で、寄せ集めの烏合の衆の中で少しだけ異彩を放つ新入りでしかない。  あの後、のぞみがどうしたのかは僕らに知る術はない。この星の者たちは地球へ渡ることを諦めた。余りにも、プレデターが強大過ぎたということだろう。  彼女の幸せを願うことしか出来ない。それでもそんな気持ちを抱けるだけ幸せ者だと、僕とロミはぐちゃぐちゃに混じり合った意識の中穏やかな気持ちを共有していた。  あの夏、もしも僕らが出会っていなかったら。そんなifを考えても仕様が無い。終わってしまった恋未満は感傷を呼び起こす。それが僕らに功を成す訳では無いので、僕らはただ甘やかな痛みを静かに分け合うのだ。  地球は、滅んでいるのだろうか? のぞみはそれで、幸せなのだろうか? もう永遠に会えないからこそ、何者にもなれない僕らは静かに祈りを捧げている。未満症候群。僕らは大人にも、恋人にも成りきれなかった。  そして僕らは眠りに就く。揺蕩うようなまどろみの中、夢を見る。
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