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1.蜜柑の花咲く島
ほんとうに、来てしまった。
まさか『島』に住むことになるとは思わなかった。
瀬戸内海、愛媛と広島と山口の県境が目の前、しかも海上の県境。青い海と緑の島々が連なる忽那諸島へ。
人はこの状況を見て『島流し』と噂をするほどで、さらに本土である『市街、松山市』からフェリーで一時間もかかる島。そんな島にいま到着。
五月だというのに、夏なのかというぐらいに暑かった。
飛行機の中で羽織っていたジャケットなんてもういらない。
ノースリーブのブラウス姿のまま、フェリーから港に降りる。
その瞬間だった
ふわっと美湖を包む初夏の風に、初めての香りをかんじた。
なんの匂いだろう。いままでかいだことがない、甘い、爽やかな香り。
初めて、この島に来ることになった美湖の心をうっとりさせた瞬間だったと思う。
「相良!」
降りた港の桟橋のむこう、懐かしい男性が手を振っていた。
彼から元気いっぱいに駆け寄ってきてくれる。
「吾妻先生、おひさしぶりです」
「おー、相変わらずクールな顔しているな」
背が高い彼に笑われる。それでも美湖は少しだけ口元を緩めて言い返す。
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