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ンガポコ。
「……なんじゃこりゃ」
私がその妙ちくりんなコメントに気付いたとき、私の頭はまだ半分夢の中で、起きろ起きろと騒ぎ立てる目覚ましをようやく止めたところだった。
たいていの女子高生がそうであるように、私もまた、目が覚めて朝一番にすることは、歯をみがくことでも、顔を洗うことでもなく、自分のSNSにどんなコメントが付いているかチェックすることだ。そのコメント欄、友人たちのコメントよりも上、最新の更新マークとともに、謎のンガポコが書き込まれている。
「んー……」
布団を蹴っ飛ばし、ベッドの上であぐらをかいて画面をジッと見つめて考える。結論、わからん。
わからんということがわかったので、私はスマホをほっぽって、あくび、伸び、頭がじがじ、の順でいつものルーチンをこなし、カーテンと窓を開けて朝の空気を思いきり吸い込んだ。清廉な冷たさが胸に満ちると、心地よい目覚めが身体の奥からゆっくりと熱を持ち、太陽はおはようのあいさつを、電線に止まったスズメたちはチュンチュンの唄をほがらかに唄い──。
「千代美! 早く起きろー! 遅刻するよ!」
「……へいへい」
せっかくポエミーな気持ちでポエムっていたのに。
「詩情のない母親め」
ひとりごちながら、私は部屋を出て階段を降りていった。
洗面所で鏡に向かうと、頭の両側から髪の毛がぴょこんと立っていた。
「おぉ……」
ちょうど触角みたいに、キレイに左右対称な寝グセが頭から生えていて、ちょっと感動してしまう。左右対称の寝グセってなかなかレアではなかろうか。なんか武士の兜に似たようなのがあった気がする。面白いのでそのままにしておくことにした。
顔を洗って歯をみがき、四割くらい目を覚ましてからリビングへ行くと、私と同じくらいぼけーっとした父親が、自分の席へ座って朝食を待ちながらぼけーっとしていた。向かいに座って私もぼけーっとする。
「おはぃよ」
「おはぃよ」
「眠いなあ」
「眠いねえ」
「寝るかー」
「寝よっか」
「ぐぅ……」
「ぐー……」
「起きろ。ねぼすけども」
スパン、スパンと、母親が私たちの頭を二連続ではたく。おかげで少し目は覚めたけれども、せっかく整えた寝グセが乱れるではないか。
「おー、イヌー」
私が寝グセをつのつのに戻していると、わが家で飼っている茶トラ猫が、にゃーと甘えた声を出して父親にすりつく。イヌは父親が拾ってきた猫で、どうしてイヌという名前をつけたのかと父に問うと、父いわく「最初に拾ったとき犬かと思ったから」だそうな。そんなアホな。
「今日もお前はかわいいにゃー」
そう言いながら父親はスマホでイヌの写真を撮り、毎朝自分のSNSにアップしている。これが意外と人気らしく、結構なフォロワーがいたりするのだ。
「そしてお前はいつもながらすげー寝グセだなぁ」
「ほほほ。可愛いかろう」
お姫さまキャラで喋ってみたものの、お姫さまがどんな話し方をするのか分からないので、それ以上続かない。それからあくびひとつの間があって、台所の方から「よし完成」という母親の言葉と、スマホのシャッター音が聞こえてくる。
「父娘漫才もいいけど、二人とも早く食べないと遅れるよ」
母親が呆れ半分面白半分に朝食を持ってきた。白米、豆腐となめこの味噌汁、鮭のみりん焼き、南瓜のバター煮付け、柚子を加えたなます、白桃と葡萄のヨーグルト和え、と、一般的な家庭から言ってもそれなりに凝った朝食ではなかろうか。母は父と同様に毎朝の朝食メニューとレシピを自分のSNSに載せていて、これまたそこそこ人気があるらしい。
父親と揃って「いただきます」と声をかけて、ごはんをいただく。もぐもぐ。ごくん。うまい。
「はあ……。用意するのは何十分もかかるのに、食べるのは十分で終わるって、いつものことながら理不尽だわよ」
そんなことを言われても食べてしまうのだから仕方がない。時間もないし。ところでだわよって何さ。
そのあと私は学校の制服に着替え、化粧を整えて、「いってきます」と家を出た。ちなみに父親は寝間着のままテレビを観ながら、まだごはんを食べていた。母親が何度も遅刻するぞと怒っているのに、当の本人はまるで意に介していないようだ。まあいつものことではあるけれども。
五分ほど歩いて最寄りの駅に着き、辺りをきょろきょろしていると、不意に後ろから「クワガタがおるー!!」という女の子のどでかい声が耳に届いて、私は振り返った。
「おはよー。モモちゃん」
「おはよー。千代ちゃん。ていうかクワガタちゃん」
私のすばらしき寝グセ頭を即座にクワガタと命名するイカしたセンスのモモちゃんは、本名を梅沢桃子という。『梅なのか桃なのかはっきりしろ』という持ちネタをいつか披露したいと思いながら、なかなかその機会がないのが悩みらしい。ギャグのセンスはアレである。
「かわいいであろ。わらわのあらたなつのつのじゃ」
お姫さまキャラ(和)リベンジ。クワガタのキャラはちょっと分からん。
「姫さま、何だか宇宙の電波を受信しそうな頭ですね」
「おお! 電波の受信で思い出した! そちにちと尋ねたいのじゃが、ンガポコという言葉に覚えはあるかの?」
「ンガポコ?」
モモちゃんは素に戻って「何それ?」という顔で聞いてくる。私も素に戻って今朝SNSをチェックしたら変なコメントが書き込まれていたことを簡単に説明した。
「うーむ、拙者には皆目見当もつきませぬゆえ、遇愚僂殿に問われてみてはいかがかと」
「ほほぅ。それは名案じゃ」
モモちゃん(侍)のアドバイスをもとにさっそくスマホで調べてみるも、あまり関係のなさそうな事柄ばかりが表示されて、ふたりして小さく「うーん」と唸ってしまう。
「わらわの期待に応えてくれると思うたのじゃがの。遇愚僂殿には失望したぞえ」
「まったく、使えない凡愚ね! お前のような駄犬には放置プレイがお似合いよ。バッテリーが切れても充電なんてしてあげないんだから!」
急にキャラ変わるなあ。あとスマホのバッテリーが切れて困るのは私なんで、充電はしてあげてください。
「アマリ、キニシナクテ、イイヨ。タダノ、イタズラダヨ。タブン」
今度はロボキャラかい。レパートリー広いな。
私もキャラ変えて喋った方がいいのだろうかと考えていると、電車が来るから下がりやがれというアナウンスとメロディが鳴り始めて、私はスマホを鞄にしまった。
ロボになったモモちゃんに合わせて私もロボになり、ふたりでギッチョンギッチョンやりながら電車に乗って、お互いに笑いあった。
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