再現

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再現

 お昼になった。耀は和佳奈の席にまっすぐに向かった。「おい、これを使え」耀はパソコンとポケットWi-Fiを持っていた。「カフェテリアで話をする。ついてこい。パンは持ってこなくていい」耀は和佳奈に有無を言わせず連れ出した。  耀はカフェテリアで殿上人専用のテーブルに座った。理由はそこしか空いていなかったからだ。 「お前も座れ」和佳奈に命令した。そしてパソコンのマニュアル本を数冊かばんの中から取り出しテーブルに置いた。「いいか、これは説明書だ。これを読んでパソコンの使い方を覚えろ」和佳奈は黙っていた。どうして良いのかわからなかった。そこに碧がやって来た。 「やっぱりここにいたのか。姿が見えなかったから探しに来たんだ。ここは禁止されているだろう。出よう」入学間もない一年生が殿上人専用の席に座るのはマズい。八菱に見られると厄介だ。更なるトラブルを起こしかねない。心配した碧が言った。 「何が禁止なんだ。カフェテリアは飯を食うところだろう。俺たちは今から飯を食う」碧の懸念をよそに耀は全く動じていない。仕方がないな。耀は言い出したら聞かない。暴君だからな。碧は移動を諦めた。周りは彼らの様子を見ていたものの非難をする者はいなかった。 「和佳奈ちゃん、お昼ご飯何がいい?僕が買ってこよう。嫌いな物とかある?」恐らく和佳奈は昼食を持ってきていないだろう。彼女に気を遣って碧が聞いた。その瞬間カフェテリアにいた女子たちの動きがとまり、視線が一斉に碧と和佳奈に注がれた。カフェテリアはしーんと静まり返った。 (和、佳、奈、ちゃん?) (ちょっと、あの子何者?) (碧君が女にメニューを聞いてる?) (あの子幼児でしょ!) (あんな、ミイラみたいな子) (王子にかしずかれている!!) (ありえない!そんな私達の王子様が!) (碧様!おやめください!) (王子は誰の者でもないのよ!) (いやーいやーいーやーいやー!) (ひいいいいい) (ファーっく)  女達の心の悲鳴がどこまでもどこまでもこだましていた。この日安藤和佳奈は学校の女達を敵に回すことになった。 「なぜ一年が特別席に座っている?」 八菱が現れた。おきまりの展開であった。 「どこに座ろうが自由だろ」耀はぞんざいに言った。八菱はムッとした。そして不遜な態度を注意しようとした。しかし耀は八菱を畳み掛けるように続けた。 「あっそーだ。そーいやー横浜のテーマパーク、あれは五条(うち)が獲るぜ」 「すっげーAIを開発中なんだ。八菱コンツェルンもコンペに参入するだろ、ケーケッケッ残念だな。八菱はどうせ超つまんねープラン出すよな?お前は知らないか。ハッハッハー八菱は負ける!なんなら仕事分けてやろうか?」先輩への敬いはどこへやら。耀はわざと挑発している。こうなったら誰も耀を止められない。暴君の真骨頂を発揮していた。 「君、言葉の使い方がなっちゃぁいないな」江上が咎めた。 「俺は当然の権利を言ったまでだ。そっちこそ、たかが座る席にいちいち文句つけるの辞めてくれるか?」 「しきたりを無視するな。後悔するぞ」 「俺の辞書には後悔という文字はない」 「謝罪しろ、モラル違反だ」 「はぁ?俺は理不尽なルールには絶対に従わない」 「だいたいなぁ。何がしきたりだ。序列だとか格だとか、うぜーんだよ。誰が偉いとかさ、皆んな高校生だろ。親の傘に隠れている奴が威張んじゃねぇ!いいか俺は下克上を宣言する。俺が天辺をとる。これなら文句ないだろ。以上」 それを聞いて要は吹き出した。 (やっぱ五条は面白い) (海賊王だ。「俺は海賊王になる!」) (出たよ。暴君) (あいつは誰に対しても失礼。ある意味平等w) (あいつにカースト制度を強いるのは無理) (久しぶり受けるわ) (八菱も突っかかるの止めたら?) (五条は野生児だから、誰も勝てんだろ)  今度は男子生徒の声なき声がカフェテリアを占めた。碧は頭を抱えた。こいつら3生前のパン事件から何も進歩してねぇ。マジ勘弁してくれ。碧は3年前の再現に独り苦い思いをするばかりであった。  突然碧の携帯電話が鳴った。安井からであった。碧は訝しく思った。高校の昼休み時間を知ってるのだろうか?もしくは偶然か。とにかく電話に出てみた。 「加藤さん?安井だけど。あのさぁ、畑中知らない?あいつ君を探しに行ったきり戻ってこないんだよね」 「ちょっと話がわからないです。なぜ彼が僕を探すのです?」 「あの時、俺が後つけろって言っちゃったからね。君を探しに出ていってさぁ。それっきり連絡つかないんだよね」 「畑中さんが逃げただけでは?」  「なぜ逃げるの?何か知ってんの?」 「彼は安井さんから尋問を受けたくなかったから戻らなかったのでしょう?」 「尋問ねぇ。そこで逃げたらマズいでしょ。」 「その場合は竜胴会と繋がっていると考えられますよね。彼の立ち位置までは知らないですから、僕の憶測に過ぎませんが。ああ、そういえばマトリにチクりが入ったらしいですよ。僕じゃないですけどね」 「マトリだと?」 「だから畑中さんは当分娑婆にはいないかもしれませんね。家宅入ったらアウトでしょう。叩けば埃が出そうな人ですもんね」  「そりゃ、女もヤバいじゃねぇか」 「彼女は精神疾患ですから、どうなんでしょう。せいぜい執行猶予じゃないですか。それから、彼女には病院に入っていただく予定です。もう借金させないでくださいね。頼みますよ。そちらのファイナンスさんも畑中さんが捕まったらマズいのでは?」 「別に。サンファイナンスとの関わりなんて誰が証明できる?記録ないしな。第一畑中が本名かどうかもわからん」 「そうですか」 「マトリか。竜胴会も動き辛くなるな」 「さぁ。僕はただの高校生なんで」 「ふん。どうかな。また電話するわ」  マトリとは厚生労働省の麻薬取締官のことである。竜胴会がどこから仕入れているのか探っているのだろう。  畑中は暫く勾留だな。碧は思った。  安井が畑中に連絡がつかないとなると恐らくマトリは日曜に畑中の家にガサ入れしている。安藤ゆりは一緒にいたのだろうか。  ゆりが逮捕を免れていたとしても、彼女には入院してもらう。薬物を使用したら簡単に自分で更生することはできない。彼女は精神疾患者でギャンブル依存症でもある。治療にはかなりの日数がかかるだろう。  つい電話に出てしまった。会話が漏れないように気を付けたつもりだが、周りはどれだけ理解できただろうか。明らかに高校生がするような会話ではない。  碧はそっと周りを見渡した。生徒達はそれぞれの相手と会話をしていた。耀は和佳奈にパソコンの指南をしている。  雑音に紛れて俺の声を聞き取ることはできないだろう。さて安藤和佳奈をどうするか。都営住宅には置いてはおけない。碧は次なる一手を考えていた。
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