入学

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入学

 入学式の翌日、高校では講堂で生徒会主催の新入生歓迎セレモニーが行われた。最初に生徒会役員が新入生に挨拶をし、次にブラスバンドや合唱部が発表する。そして演劇部の舞台があり、部活動紹介が続く。先ずは生徒会長の八菱 (れい)が挨拶をした。生徒会長は事実上生徒の最高権力者である。応慶寺高校では名誉ある地位であった。  応慶寺高等学校は生徒主体の自由な雰囲気がある。中でも生徒会役員は学校運営にかなりの発言権を有する。したがって生徒会のメンバーは校内で最も影響力のある者から選出された。生徒達は幼稚舎から進級してきた生徒を譜代、高校から入学してくる生徒を外様と呼び区別している。生徒会役員でもその区別ははっきりと現れていた。メンバーの殆どが譜代で占められていた。ただし、外部からの入学者とのバランスを保つために副会長は外様と暗にルール化されていた。勿論外様といえども譜代と引けを取らない人物でなければならい。  一年生が生徒会役員に立候補できるのは後期からである。一年生が前期の役員になるためには学級委員になり、さらに学年代表としての学級委員長にならねばならない。クラスでは誰が学級委員に立候補するのか、すでに腹の探り合いが始まっていた。  碧の学級H組では碧が学級委員になると思われていた。そのため水面下での駆け引きは活発ではなかった。しかし当の碧はその気はなかった。    影響力と言えば碧に引けを取らず五条耀は際立っていた。上級生でも耀名前を知らない者はいない。野生児の耀は良くも悪くも有名人であった。彼の逸話は数多くある。  小学校入学したての頃、耀は教室に設置されていたオルガンを全て分解してしまった。早々に担任にこっぴどく叱られた。翌日には最高級オルガンが届けられ、1学級だけ立派なオルガンが使われることとなった。  分解組み立てが大好きで、耀は五条家の家中のあらゆるものを分解して家人を悩ませていた。父親のレクサスやベンツも分解した。ポルシェ959を分解しようとした時は流石に皆に止められた。  改造ローラスケートで街中を暴走して補導されたこともあった。  ふらっと学校を出て行ってそのまま1週間家に帰らなかったこともあった。その時は大騒ぎになった。しかし当の本人はケロッとして帰ってきた。山で野宿していたらしい。碧は自ら耀を探し出し耀に付き添っていた。  中学一年の時には現生徒会長である八菱礼と派手な喧嘩をしている。喧嘩の原因はパンの取り合いだった。  中等部の購買には有名店のパンが販売されていた。しかし納入の数はわずかで、昼時にはすぐに売れてしまった。  その日は新学期が始まって初めての昼食がある日だった。八菱礼はいつもの如く手下に買いに行かせていたが、パンを購入することができなかった。耀との争奪戦に負けたのである。  幻のパンと言われた最後のマンゴーデニッシュを礼の手下が買おうとした瞬間、耀がさっさと奪ってしまった。些細なことではあるがここは先輩に譲るべきである。後輩は先輩を敬わなければならない。パン争奪戦は次の日も次の日も繰り広げられ、全て耀に完敗した。八菱礼は酷く腹を立てた。  八菱は日本で最大の企業グループだ。元は財閥である。五条よりも格上である。格上には逆らってはいけない。格下が格上に喧嘩を売るとは許せない。身分を(わきまえ)るべきである。  八菱は耀に落とし前をつけることにした。果たして耀と碧は中学生徒から総スカンをくらった。 ニ、三年生の男子からの嫌がらせが始まった。物を取られたり、足を引っ掛けられたり、上から突然物が落ちてきたりした。  しかし彼らは奪われた物は取り返し、落ちてきた物はことごとくよけた。それどころか嫌がらせをしてきた連中に目には目を歯には歯をの報復をしたのである。  一方(いっほう)、一年生は付き合いの長い二人に敵対する者はいなかった。事の成り行きを遠巻きに見ていた。  無論上級生も初等部からこの二人を知らないわけではなかった。何か凄い奴らがいるらしい。やることが破天荒。あいつらがビビっているのを見たことがない。きっとヤクザにも喧嘩を売るぞ。そんな噂が流れていた。あの噂は本当だったかもしれない。上級生の嫌がらせは次第になくなっていった。  本日は3時間で学校は終わった。耀と碧は迎えの車を断り徒歩で家に向かっていた。話題は生徒会副会長の江上 (そう)のこととなった。耀が碧に言った。 「江上なんて奴中等部にいたっけ?」 「いや、いない。外部からの生徒だ」 「副会長だったな。いかにも八菱のご機嫌取りって感じだ」 「そうとう八菱は気に入っている様子だな」 「あいつヤバくない?」 「黒いな、今での誰よりも黒い」と碧が答える。 「やっぱり?」 「調べておいた方がいい、何かある」碧は珍しく険しい顔をした。  前方に安藤和佳奈が歩いていた。耀が彼女を見て言った。 「安藤和佳奈だ、あいつ早速ハブられてるよ」  「珍しいな、お前が女子を気にするとは、まあ彼女はちょっと変わっているからわからないでもないが」と碧が言う。 「あいつ授業中ボーッとしてるんだ、下見たり天井みたりしてさノートも取らない。でも指名されると全て答えるんだ。やっぱ相当賢いぜ。でも持ち物や身なりがみずぼらしいから、女子達から(ひん)って言われている」 「ふーん……」と碧はふと思い立つように言った。 「なあ彼女の後をつけてみないか?家はどこにあるんだろう」 「なんだ碧も興味持ってんじゃん」 「興味と言うか、奇異を感じる」 二人はこっそり安藤和佳奈の後をつけることにした。  安藤和佳奈は都営住宅に住んでいた。資産家の子息子女で占められている応慶寺高等学校では多大な学費がかかる。ごく普通の一般家庭で賄える額ではない。そのため中低所得層向けの特待制度が設けられていた。  特に優秀な者には授業料のみならず施設運営費や修学旅行費の一切が免除されていた。特待制度は学校の知名度をあげるためのものではなく慈善活動の側面が大きかった。安藤和佳奈は全額支給特待生であった。それは彼女の身なりからしても一目瞭然であった。    都営住宅は同じような棟がいくつも並びに迷路のようであった。彼女は13棟の401号室に住んでいた。エレベーターは中央に一基しかなく彼女は階段を使った。二人は表札を確認した。母親と彼女の名前が書かれてあった。母子家庭か。二人は人目につかないようにその場を離れた。 「外から覗いてみよう」耀が言った。ちょうど安藤和佳奈はベランダに出て洗濯物を取り込んでいた。母親は外出しているようだ。男物の洗濯物は見当たらない。つまり他に同居人はいないということだ。「どうする?」耀が碧に聞いた。 「向かいの部屋を借りたいな、住民がいるなら交渉して家に入らせてもらいたい」 「えっ?」 「母親が気になる。安藤の痩せ方は異常だ。虐待の可能性があると思っている」 「それなら田所か長谷川に身辺調査を頼めば早いだろ」  「まあ、そうなんだが....、心労をかけることになったら悪いし、特にお前かなり田所に迷惑かけているだろう」  田所は五条家の執事である。長谷川は碧の執事であった。田所は五条家を切り盛りしなければならない上に耀にも目を光らせなければならない。心労は殊更だ。多忙の田所に頼むのは忍びない。  仕方がない、長谷川に頼もう。碧は携帯を取り出し安藤和佳奈の身辺調査と部屋の都合を頼んだ。
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