予兆

1/1
前へ
/125ページ
次へ

予兆

 昼休みのチャイムが鳴った。昼食は校内の敷地であればどこで取っても良かった。カフェテリアで食べる生徒もいれば弁当を持参する生徒もいる。購買もありフロアにはフリースペースもあった。  クラスメイトが耀に話しかけた。 「耀、お前どこで食べる?」 「碧とカフェテリアに行こうと思ってる」 「今から行っても混んでいると思うぞ」 「そうかもな。まっ、取り敢えず行ってみるよ」  ふと見ると和佳奈がカバンから菓子パンを出していた。彼女に話しかける女生徒はいない。和佳奈は独り机でメロンパンを食べ始めた。  この学校ではスーパーで売っているようなパンを持ってくる生徒はいない。校内の売店でもコンビニで売っているようなおにぎりやパンは扱わない。健康を第一にしている仕出し店やベーカリーから一流の品のみを仕入れている。  家庭から持参する弁当は料亭並みの豪華さだ。最近女子の間ではキャラ弁が流行ってはいるが、どちらにしても手が込んでいる。  いやはやメロンパンか。  和佳奈を見て女生徒がクスっと笑った。耀は何か言いかけようとしたが止めた。時間がない。碧を待たせてある。安藤和佳奈の様子は気になったが、耀は急いでカフェテリアに向かった。 「遅い!」碧はカフェテリアの前で耀を待っていた。 「随分と混んできたから、もう席はないかもしれない」 「ほら、あそこ。空いているぜ」 見るとテラス側の一角だけテーブルが空いていた。 「あそこに座ろうぜ」 「いや、ちょっと待て」碧が静止しようとした。しかし耀はさっさと席に向かってしまった。  耀が席に座ると、周りの生徒が驚いた様子で耀を見た。空気が凍ったようだった。やはりと碧は思った。 「耀、そこは のではなく、 のだと思うよ」そう言って、碧は耀を連れ出そうとした。その時、後ろから話しかける者がいた。 「やぁ、久しぶり。耀、碧」声をかけたのは先輩の曽我 (かなめ)だった。要はフェンシング部で碧と耀と一緒であった。二人が入部した時、要は三年生で部長をしていた。「お久しぶりです。要先輩。僕ら移動しますんで、ここに座ってください」碧が言った。 「いや、一緒に食べよう」 「えっ、でも。ここは先輩方のお席では....」 「気にしなくていいよ。それに君らなら歓迎する。積もる話もしたいしさ。さっ、昼飯買ってこいよ」二人は要の言葉に甘えることにした。  昼食をトレーに載せて戻ってくるとそこには八菱と江上がいた。嫌な予感がする。八菱は碧に話しかけた。 「君たち、ここは三年生の優先席なんだ。今日は要に免じて許可してあげるけど、次回から気を付けてね。ここは殿上人専用だからさ」 「別に一年生が使ってもいいじゃないか。俺が誘ったんだよ」 「要は甘いな、人には分相応って言葉がある。序列に従うことが社会通念だ」この人はまだあのことを根に持っているなと碧は思った。3年前のパン事件のことだ。 「で驚いたよ。加藤。首席を奪われたんだって?残念だったね。公立の生徒に負けるとは今年の入学者はレベルが低いのかな」八菱はざまあみろと言わんばかりの顔をしていた。 「安藤は先輩より遥かに頭いいですよ。三年の誰も彼女には敵わないです」耀が言った。暴君はやはり黙ってやり過ごすことはしなかった。  通常、一年生は三年生に対して気を使う。同学年同士ですら格上に対しては顔色を伺うのだ。ましてや校内カーストの頂点とされる生徒には決して逆らうことはしない。ここでの人間関係が後々響くことを誰もが恐れている。  しかしここにルール無視の新入生がいる。口の聞き方を知らないこの一年生に周りは驚愕していた。 「どういう意味だ?」 「言った通りです。僕らだけじゃなく、先輩もレベル低いってことじゃないですかね」 「失礼すぎるだろ」 「格下が格上をけなす方が失礼かと」 ああ、やっぱりこうなったか。碧はその辺にして切り上げたかった。 「面白い。じゃあ勝負しよう。どちらが上かテストしてみようじゃないか」 「いいですよ。東大の入試問題でもいいです」 「耀、勝手に彼女巻き込んじゃ駄目だろう」 「先輩方、僕ら失礼します」碧が割って入ったが遅かった。八菱は酷く気分を害していた。 「今更訂正はなしだぞ。明日その安藤とやら連れてこい。五条の言ったことが嘘だったら土下座してもらおうか」そう言って八菱と江上は離れた座席に座った。「じゃ科目は数学でお願いします」耀はしれっと言って述べた。 「要先輩本当にすみません」碧が申し訳なさそうに呟いた。 「変なことになってしまったね。八菱や江上が来るとは思わなかった。ここの一角はいつも空いているんだ。僕らは基本ここで毎日食べるのだけどね。彼らは暫く来なかったから」 「ここは五摂家専用テーブルですか?」 「ははっ、今どき五摂家ってね、都市伝説だよ(たぶん)....、財閥系、IT系、その他色々かな。はっきり線引きされている訳じゃない。生徒会のメンバーも使っているし、何となくそんなイメージが定着しているんじゃないのかな」 「八菱と江上はどんな関係なんです?」横から耀が口を挟んだ。  「江上は星海(せいかい)中からの入学者だ」 「星海?荒川区の?星海って言ったら中高一貫の超有名校ですよ、応慶寺(うち)より偏差値高いじゃないですか、なんでわざわざ?」 「さぁ、事情はよくわからない。江上はフェンシング部に入った。副部長をしている。八菱は部長だ。二人はよく連むようになり、その縁で江上は生徒会役員にもなった」 「先輩が部長じゃないんですね」 「うん、まあな。部長はやりたい奴がやればいいと思っているし。八菱はよく努力している。腕前もかなりの線になったよ。君たちは入らないのか?俺としては入部してほしいところだが」 「八菱がいるなら絶対に嫌ですね」耀がすぐに答えた。 「そう言うなよ、八菱も悪い奴じゃないんだけど、ステレオタイプなんだよね」 「要そろそろ行かないと」要の友人が言った。 「悪い、俺らばっかり話してたな。紹介するよ、こいつは...」 「知っているよ、五条に加藤。有名人だ。俺は斎藤優馬。よろしく」 「初めまして。宜しくお願いします」碧と耀は揃って挨拶した。 「揉めていたようだけど、明日結構俺としては楽しみだ、君たち噂通りだね。じゃまた明日」斎藤は二人にそう言って教室へと戻って行った。  授業後、耀は和佳奈におもむろに声をかけた。 「おい、この問題を解いてみろ」と東大入試問題集を和佳奈に差し出した。 「そうだな、この問いをやってみろ」 突然声をかけられて和佳奈は戸惑ったが言われるままにノートに解いてみせた。 「よし!明日のお昼に数学のテストがある。生徒会長の八菱と競争だ。準備しとけ」一瞬、和佳奈は何を言われているのかさっぱりわからなかった。だが耀に初めて声をかけられて何と言い返せばわからなかった。 「それからメロンパンは持ってくるな。明日は俺らと昼飯食えばいい」和佳奈はポカンとしている。なんでメロンパンが駄目なんだろう。チョコレートパンならいいのかな。和佳奈はそう思ったが口に出せない。ただ教室を出ていく耀を見つめるだけであった。  カフェテリアの件はまたたく間に生徒に広がった。耀が和佳奈に声をかけたこともニュースになっていた。
/125ページ

最初のコメントを投稿しよう!

48人が本棚に入れています
本棚に追加