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取り巻く者
「ねぇ聞いた?」
「オウ様が貧女に声をかけたんだって」
「マジ?何であんな生き物に声かけるの?」
「オウ様の趣味がわからない。あーゆーのが好みなの?」
「ほら、安藤和佳奈は周りにはいないタイプでしょ」
「安藤和佳奈のために八菱先輩と勝負するって」
「何、それ?」
噂はたちまち生徒の中で広まった。最終的には尾ひれ背びれがついて事実とは異なる内容になっていった。
特に耀の彼女の座を狙っている女子達には衝撃が走っていた。耀は今までどんな女子のアピールにも全くなびかなかった。むやみ自分から女子に話しかけることはなく、個人的に親しい女子はいなかった。
耀はその時々で夢中になるものが違った。フェンシングであったり、PC98シリーズのアップグレードであったり、AIの開発であったり、しかしその中に女子という文字は含まれていなかった。
10年程前に様々な要因が重なり五条グループは深刻な事態に陥った。現在、奇跡の復活を遂げたのも一重に耀の活躍が大きい。耀はプログラミングに長けていた。徹底した仕事の効率化やコスト削減、事業の見直しにより業績は上向いていった。会社はいち早くIT化に取り組み、時代の先駆者となった。そして今耀は五条ITソリューションズのCEOとなり、忙しい身であった。
水無瀬翔子は酷く動揺していた。五条耀の噂を聞いたからだ。翔子と耀の出会いは幼稚舎である。翔子は年中の時に初めて耀と同じクラスになった。翔子はお人形さんのような少女であった。蝶よ花よと周りからチヤホヤされ世界は自分中心に動いていると思っていた。いつも皆から愛され可愛がられていた。それが誇りであった。劇の主役は翔子であったし、女子からも男の子からもお姫様扱いされた。
ある時翔子は耀に声をかけた。耀は三輪車をいじっていた。翔子には耀が三輪車をひっくり返し車輪をひたすら回していることが不思議だった。耀は翔子を見ようともせず、ぶっきらぼうにこう言った。「お前誰?」
翔子はショックであった。自分の名前を知らないクラスメイトがいる。自分は特別な女の子のはずだ。当然名前を知っていると信じて疑わなかった。最初はわざと気を引くために知らないフリをしたと思ったほどである。しかし様子を見ていると本当に知らなかったようだった。知らないどころか眼中にさえないようだった。それが翔子には屈辱だった。何とか自分に振り向かせたい。
翔子は耀をお遊びに誘った。しかし幾度となくお遊びに誘っていた翔子に向かって耀はついに言った。「お前邪魔、ついてくんな」翔子には衝撃だった。
翔子は人生で初めて挫折を味わった。おかしい。彼は間違っている。自分の良さをわかっていない。そう。彼は変わっているのかもしれない。私は特別な女の子なの。それを教えてあげなくては...。先ずは仲良くならなきゃ。
それ以来翔子は懸命に努力をした。どうしたらアピールできるか、幼いなりにあの手この手を考えて実行した。母にもどうしたら耀と仲良くなれるのかを相談した。自分に足りないものは何か。自己研鑽も怠らなかった。母に頼んで恋愛カウンセラーまでつけてもらった。それが功を奏して今では学校1番のモテ女となった。
しかし耀との距離は1ミリも近づいていない。翔子は10年間も片思いを続けている。ひょっとして耀の好みって私と真逆のタイプの女の子なのかも…。
翔子の10年間の努力が崩れていくような思いがした。
お昼になった。生徒はなんだか落ち着きがなかった。皆今日のテストの件を知っている。耀と和佳奈が一緒に歩いている。オウ様が女生徒をエスコートしている。それだけでも驚きなのに、それに王子(碧)が加わって両手に花だ。
生徒の視線は彼らに注がれた。カフェテリアには人だかりができていた。八菱始め三年生は既にテーブルについていた。八菱は封をされた封筒を持っていた。
「この中には俺の家庭教師が作った問題が入っている。勿論中は見てない」八菱は封を切って問題を出した。2枚の数学のプリントが入っていた。その1枚を和佳奈に差し出した。問題は1問だけだった。
「東大レベルの問題だ。君には荷が重すぎるだろう。君は入学したての1年生だから、ハンディをあげようか、そう君から始めていいよ。俺は10分後でも構わない。それから君ね。君らの学年はレベル低そうだから教えてあげるけど、加藤君なんて大したことないのだからね。あまり三年を舐めない方がいいよ。」そう言って和佳奈を見た。
八菱は驚いた。和佳奈はもう問題を解いていた。
「えっ?もう終わっている?」
余りの速さに周りも驚いた。和佳奈は無表情で座っている。
そして和佳奈はゴソゴソとファイルからプリントを出した。耀はそのプリントを取り上げて言った。
「数学オリンピックの問題だな。これをやれと?」和佳奈はコクコクと頷いた。耀は八菱に渡した。
八菱は戸惑ったが皆の手前、問題を解くことにした。
八菱は手こずっていた。その様子を見て和佳奈が首を振りフッと冷笑した。和佳奈はその問題をスラスラ解き始めた。
一同が凝視する中、和佳奈はファイルからまたプリントを出した。今度は数学選出権の案内だった。「それ何?」耀が聞いた。和佳奈はまた紙を見せた。その紙には
校長先生が数学選出権で優勝すれば
数学オリンピックの出場費用を出して
くれると約束してくれた。
一緒に数学選出権に出てほしい。
と書いてあった。「はっ?数学選出権だって?お前出たいの?じゃなくて、そんなことは紙に書かずに自分の口で言え!」耀は和佳奈の頭を小突いた。そして溜息をついて言った。
「俺らは忙しい。そんなのに関わっている暇はないんだ」そして八菱に向かって言った。
「八菱先輩出てくれますよね?」
「はっ?なんで俺が?」
「いや、今負けましたよね」
「まだ何もやってないだろう」
「完全、負けてますよ」
おい。お前は気づいてないだろうが、今の台詞、八菱を暇人扱いしているぞ。碧は思った。
流石は五条だ、恐れを知らん。野次馬たちは思った。
暫く八菱は黙っていたが何かを思いついた様子でこう言った。
「ならばこうしよう。今度の学祭でフェンシングの部がある。3人1組のトーナメントに出ろ。俺たちも出場する予定だ。そこで勝ったら、その申し出受けてやるよ」
「えっ?学祭なんてすぐじゃないですか。3人1組なんて、今からメンバー探すのは無理です」
「じゃあ俺が出てやるよ」要が言った。
「耀と碧と俺の3人でいいだろ」要が名乗りをあげた。意外だった。
「よし、決まりだ。確かにフェンシング部の部長、副部長、要で組んだら最強過ぎるからな。丁度いいかもしれない。俺は江上と他の誰かと組む」八菱が言った。
何だか変なことになった。碧はそう考えていた。
八菱はほくそ笑んでいた。時節到来だ。今こそあいつらに思い知らせてやる。八菱は中等部での屈辱を忘れていなかった。絶対に耀と碧を打ち負かす。そのためにフェンシング部に入り必死に練習を重ねてきたのだ。努力の甲斐があった。全校生徒の前で恥をかかせてやる。八菱は闘志を燃やしていた。
八菱は高等部では打って変わって努力の人となっていた。学業とスポーツに励み、行事に積極的に参加した。学園祭では大物ミュージシャンのイーストオールスターズを招いて大いに盛り上げた。親のコネとは言いながら容易にできることではない。この時は皆から称賛を受けた。
中等部の八菱は同級生の手下を顎で使い、いじめのリーダー格であった。しかし高校に入ってからはいじめ気質を封印した。周りからの信頼を得られるように何事にも協力的になった。江上と協力して校内の素行の悪い札付き連中も解体した。そして生徒会長にも就任し頂点まで登りつめた。
生徒会役員は学校運営にかなりの影響を与えることができる。校内での権力を掌握したのだ。全ては耀と碧を見返すためであった。
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