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疑惑
五条家の地下にはミュージックルームやフィットネス器具などがそろったジムがある。壁にはクライミングウォールが施してある。日替わりで音楽や武道のインストラクターがやってきて、ここで教える。碧は欠かさずここで運動をしていたが耀は鍛錬をサボるようになった。耀は五条ITソリューションズのCEOの任があるため忙しい。成り行きでフェンシングのトーナメントに出場することになった。そのため久しぶりに運動をしていた。
応慶寺学校はフェンシングに力を入れていて、中高の体育の授業にも取り入れられていた。中等部では二人はフェンシング部に入っていた。しかし高校では続けるつもりはない。五条グループのサポートに時間を割かれるようになったためだ。部活動までする余裕がない。しばらくフェンシングから遠ざかっていたため、勘が鈍っていた。八菱に勝たなければならない。学祭まではここで毎日練習することにした。
一通り練習を終えて碧は江上颯と安藤和佳奈の報告書に目を通していた。江上は通販サイト大手Gainの創業者の息子であった。母親がバツ2だ。創業者の江上 義政との間に子どもはいない。礼は最初の結婚相手との間にできた子どもであった。礼の本当の父親は自死していた。
「結構複雑だな」
「にしてもGainは日本で大手だ、義政は初婚となっている。普通こんな大手の創業者がバツ2の子持ちと結婚するかな」
「義政は50のおっさんだろ。結婚はありじゃないか」
「確かに母親はそこそこの美人だが、やはり引っかかる」
「お前がそう言うのなら間違いないかも、ピン留しておこう」耀はそう言って壁に江上一家の写真を貼り付けた。
「安藤和佳奈はやはり虐待だったな」
「このままにしておけば、退学になる」
「どうして?」
「報告書を見ただろ、母親は金の管理ができない。振り込まれた安藤の学費を使い込むに違いない。いや、すでに使い込んでいるかもな。学校の支払いが滞るのも時間の問題だ」
母親はまだ31と若い。インスタグラムの写真はイケイケのイメージである。16歳で和佳奈を生み、その後すぐに離婚。当時からネグレクトで家を頻繁に空けていた。
和佳奈が幼少の頃、食べ物がなくて死にそうになっていたところを児童相談所が発見し、和佳奈を保護したことがある。
生活保護世帯で生活費や学用品費は都から支給されている。しかし借金の支払いに母親は学用品費に手を付けていた。その上パチンコ狂いでサラ金から度々金を借りている。自転車操業で家計は火の車だった。
和佳奈は年中汚れた服を着ていた。公立の小中ではバイキンとあだ名をつけられ、いじめられた。欠席がちだった和佳奈を気の毒に思い担任が応慶寺高校の受験を薦めた。報告書には長谷川のメモも添付されていた。
安藤家のベランダ側正面の部屋をお借りできました。14棟401号室です。今週末に旅行に行っていただく手はずとなりました。鍵は郵便受けに入っています。暗証番号は053です。鍵は郵便受けに返却していただければ良いとのことです。流石長谷川手配が早い。碧は感心した。
「確かめたいことがある」
「確かめたいことって?」耀が聞いた。
「一つは母親に男がいるか、いるならどんな人物か?もう一つ借金だ。おそらくは闇金じゃないのかと思う。借り入れ先はサンファイナンスといったかな。悪いが調べてくれないか?」
「わかった。とにかく週末に現地に行ってみよう」
土曜日の朝早くから碧と耀は都営住宅に向かった。部屋からは安藤和佳奈の部屋がよく見えた。カーテンが閉まっていてまだ寝ている様子だ。
碧はサンファイナンスについて耀から送られてきたPDFを見ていた。やはりサンファイナンスはソフト闇金だった。サンファイナンスの代表者と住所はデタラメだ。報告書には実際の代表者は安井典道とある。
「さすが、よく調べてある」碧が呟いた。今どき氏名とちょっとした情報さえあれば、大抵すぐに調べるあげることができる。
もし対象者がSNSを使っていればネットを介して対象者の情報を集めることができる。誰もがSNSで自分を発信する時代だ。ネットから情報を拾って個人情報を売る業者も多い。
安井の表向きの職業はNGO大日本国民生活支援センターの理事であった。大日本国民生活支援センターとは如何にもクリーンなイメージである。
世間には社名こそ行政機関を装ってはいるが実は詐欺組織や反社会組織というものが数多く存在している。このNGO団体も支援と称して金貸しか闇金繋がりであろう。
「おい、碧。母親が帰ってきた。朝帰りかよ。男と一緒だ」窓から覗くと和佳奈の母親が男と建物の中に入っていくのが見えた。
「あの男、確かインスタに上がっていたな」
「海の家の写真だろ?大アサリ食べている」
「そう、あれが今の彼氏か」
数時間後、母親は男と外に出た。碧が言った。
「おそらく男は車で来ている、ちょっと外に出る」碧は急いで階段を降りた。敷地に出ると母親と男が車に乗るところであった。車を追うのは困難だ。取り敢えず碧は車の写真を撮った。
「やはり、車だった。二人でどこかに行った」
「で、どうする碧?」
「写真撮った。これをしーさんに送ろうと思う、何か知っているかもしれない」
「あの人は情報通だからな。街中の情報が集まるものな」
「そう、しーさんと知り合えたのは耀のお陰だ」
「縁だな」耀は懐かしそうに言った。
しーさんとは目黒区の公園を転々としているホームレスだ。耀が5歳の頃、公園を散歩していた時に精巧に作られたダンボールの家を発見した。とてもダンボールの家とは思えない。まるでヘンゼルとグレーテルに出てくるお菓子の家のようであった。
耀はその家にすっかり魅入られ、お付きの使用人にダンボールの中に入りたいと言った。使用人は驚いて、ホームレスと言うのは社会からはみ出した底辺の人間だと説明した。
しかし耀は底辺であろうが不潔であろうがそんなことはお構いなしであった。とにかくあのダンボールの作りが知りたい。分解して、どうなっているのか見たい。無理やり家に引き戻す使用人に耀は納得しなかった。
次の日、耀はこっそり屋敷を抜け出して公園に行った。耀は大切にしているブリキのおもちゃを持っていった。
「これは僕が1番のお気に入りのおもちゃです。これをあげます。だからダンボールの家を下さい」
耀はホームレスに交渉した。ホームレスは自分の1番のお気に入りを差し出す耀の気持ちに心を揺さぶられた。ただブリキのおもちゃといえども、レア物でその道のマニアがほしがるものだった。当時の価値にして30万の値はついたであろう。ホームレスがそれに気づいたかは知らない。
物々交換は成功し、耀はダンボールの家を手に入れた。どう組み立てたら家ができるのか。ワクワクした。ホームレスには作り方の指南もお願いした。耀はしばしば家人の目を盗んでホームレスに会いに行った。
使用人は困惑していた。耀が抜け出そうとしていることくらいお見通しである。おいそれと家から出してなるものか。碧は使用人が目を光らせていることに気付いていた。
碧は五条の当主に懇願した。耀の好きにさせてほしいと。当時、五条家に世話になったばかりの碧が家人に何かを要求することはなかった。言わばこれが初めてのおねだりであった。
耀の父親は使用人にこっそり耀を見守るようにと支持した。耀がダンボールハウスに熱中できたのは碧のお陰であった。
ホームレスの名前はしーさんと言った。しーさんは縄張りを管理するホームレスのボスだった。しーさんはホームレスの自治をしていた。皆しーさんに従った。何故ホームレスになったかは知らない。
彼にはホームレス仲間から常に街の情報が寄せられていた。警察やこわもての男たちもしーさんを頼った。人は見かけによらないことを碧と耀は学んだ。しーさんとはその時以来の付き合いだ。
しーさんから返信があった。男は畑中裕二、サンファイナンスの従業員。ナイス!しーさん!碧はしーさんに感謝した。
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