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里見さんとの約束の日。待ち合わせ場所は前回と同じ駅前だ。
この前は、里見さんの方が早く着いていたから、今度は俺の方が早く着くようにしとこうと、早めに家を出たつもりなのに、やはり彼女の方が早かった。
「こんにちは、里見さん、いつも早いね」
「お久しぶりです。そうですか? 途中、何かあったらと思うと、早めに家を出ちゃう性分でして」
なんとも彼女らしい考え方だ。
ああ、でも……。
「早めに出ると、その分待っている時間も長くなってしまいますよ? もし何かあって遅れてしまう時は連絡してくれれば良いんじゃ……」
「確かにそうですけど……。でも、こうやって待ってる時間は嫌いじゃないですし、私が遅れると、その分、一緒にいる時間も減ってしまいますよね? 私はその方が嫌なので」
彼女の言葉に「そうですか」としか返事が出来なかったのは、その考えが嬉しかったからだ。
きっと俺に対してだけではなく、他の人ともそうなのは分かっているが、それでも、そこに自分もカウントされていると思うと、心の奥がじわりと温かくなる。
「今日これから行くお店なんですけど、私なりに色々と悩みまして、ピザとかどうですか? ちょうど近くに人気のピザ屋があるんです。私も妹と何回か行った事があって、とても美味しくて」
「良いですよ。そこにしましょう」
そういえば、以前、会話の中でお互いに好きな物を話したけど、俺がピザが好きだって言った事、覚えていてくれたのだろうか?
だとしたら、そんな些細な優しさも嬉しい。
彼女に案内されながら向かった先は、一見ピザ屋には見えない、藍色の暖簾がぶら下がった古民家だ。
「私も妹も古民家カフェが好きで、色々と探して行ってるんです。ピザ屋に見えないですが、美味しいイタリアンのお店なんですよ」
里見さんは、少し照れ臭そうに話ながら暖簾を潜り、俺もその後に続く。
内装は、和風だが机やテーブルは洋風で、店内は香ばしい匂いと共にチーズの濃厚な香りがふんわりと漂っていた。
黒の制服とエプロンを見に纏った店員が、席を案内する。
「今日は空いていて良かったですね。いつも、結構賑やかなんですよ」
「確かに、女性の方とかが好きそうな場所ですね」
「はい。あ、でもここは割合と男性の方も来られるみたいで、以前、妹と来た時も何組かいました。ガッツリなメニューもあるので、遠慮せずに頼んで下さいね」
「ありがとうございます」
店員から渡されたメニューを開き、「これとか美味しかったですよ」と、里見さんがいくつか指差したものの中から一つ選んだ。
「じゃあ、私はこれにしますね」
二人とも注文する物が決まった所で、店員を呼んで伝える。
「今更だけど、今日、誘ってくれてありがとう」
「いいえ、そういう約束だったので」
「なんか約束させたみたいな感じで、反って迷惑じゃなかったかな?」
「いいえ! 迷惑……ではないですが、自分から男性を誘った事が無かったので悩んでしまって、それで連絡が遅くなってしまったんです。でも、神宮寺さん、以前にピザが好きだと言っていたのを思い出して、それならおすすめのこのお店が良いと思ったんです。ゆっくりとした雰囲気ですし、今日は人も少ないので……落ち着いてお話出来そうで良かったです」
そう言って、最後の言葉の後にニコッと優しく微笑まれ、直ぐに言葉が出て来なかった。彼女のほんわかとした雰囲気に、のまれてしまったかのようだ。
「俺が好きな食べ物、覚えていてくれたみたいで嬉しいです」
少しの間の後に、彼女も嬉しそうな笑みを返した。
俺、今、どんな顔をしているのだろう?
変な顔になっていなければ良いのだが……。
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