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商談が無事に終わり、本社に戻る前にカフェに立ち寄って、コーヒーを飲みながら明日の会議で使う資料を作成する。
「大体こんな感じで良いか」
細かい数字のチェックをした後、スマホを鞄から取り出して、里見さんの連絡先を開いた。
おじおじと悩んでいても仕方無い。その時間の方が勿体ない。そう思うことで、彼女に送る文章を打ち込む指を後押ししている自分に内心苦笑する。
今まで誰かを誘うのに、これ程悩んだ事はあっただろうか。十代のうち最初の何回かはあったかもしれない。でも、そんな緊張も三十手前の歳になるとすっかり忘れてしまっていた。だから、今こうやって、悩んでいる自分が、なんだか新鮮だ。
意を決して文章を打ち、里見さんに送信しようとした時だった。画面にメッセージの知らせが現れた。差出人はーー。
「里見さん……!?」
小さな驚きの声が漏れ、慌てて口元を手で隠す。嬉しいという気持ちが一気に胸の奥からじわじわと込み上げ、それに混じって仄かな期待が自分を焦らせた。
メッセージを開くと、彼女らしい文面が簡潔にまとめられ、その堅い感じにクスリと笑みが漏れる。
“お仕事お疲れ様です。神宮寺さんの時間が空いている日に、食事に行きませんか?”ーーこの数行の文章を一度読んだ
けで分かる。里見さんの事だ。きっと、沢山悩んで勇気を出してくれたのだろう。
ーー男慣れしてないって言ってたもんな。
それなのに、俺との些細な約束をきちんと守ろうとする彼女に、むず痒い気持ちにさせられた。
勿論、行かないという選択肢は無い。
俺は、スケジュール帳を出し空いている日を確認して直ぐに返信した。
ふうーーと、短く息を吐いたら、ここ数日の悩みも一緒に吐き出されたような気がした。先程までの悶々とした気分はどこに行ったのか。今の気分は既に高揚としており、気を抜くと口元がだらしなく緩みそうだ。
自分の単純さに、自分自身が呆れている。今までこんな事があっただろうか。しかし、返信したばかりだと言うのに、見さんからの返信を今か今かと待ち望んでいる自分は嫌いじゃ無かった。
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