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「この辺の子じゃないわね。どこの子?」
久々に祖母以外の人間と話したぼくはしどろもどろとした。心臓が激しく動き緊張する中で、久しぶりの会話で要領を得ない、支え支えではあったが、なんとか自分のことを説明したのだった。
「そうなんだ、都会の子なんだ。肌も白いと思った」
お姉さんはそう言うが、お姉さんの肌の方がぼくよりも余程白い肌をしていた。テレビで出てくる美白のタレントやアイドルなどの白い肌ではなく、何日も外に出ずに日を浴びない引きこもりのような青白い肌なのだ。羽化したての蝉を思わせる青白いとも翡翠色とも言える肌、ぼくはその白磁の肌を美しいと思い息をごくりと飲んでしまった。
「お姉さんの方が肌白いじゃん」
この当時のぼくは正直なクソガキだった。子供故に仕方ないだろう。
「あんまり、外出ないから。朝の涼しい時間ぐらいしか外に出ることないの」
確かに真夏でも山の朝は涼しい。直射日光を木の葉が塞いで日陰を作るから特に涼しい。
お姉さんはぼくの肩に架けられた虫籠を見た。その表情は儚くも悲しげなものだった。
「蝉?」
「うん、この山いっぱいいるんだ。都会なんか全然取れないよ」
「そう…… こんないっぱい蝉取ってどうするの?」
「どうするって……」
子供の昆虫採集の理由なんて「楽しい」以外の何者でもない。ぼくにとっては「虫が捕まえられて楽しい」と言う理由でしかない。
「蝉はね、一週間の命なの。その一週間の間に交尾の相手を見つけて自分の子供を残すためだけに生きるの」
ぼくはそれを聞いて笑い飛ばした。ぼくは理科の成績は良いほうだ、蝉の寿命ぐらいは知っている。
「確かに成虫になった後は一週間の命だよ。でも、地中に七年近く潜ってるから、寿命は長いんだよ。お姉さん、そんなことも知らないの?」
「そうね…… でも、幼虫の間は七年間土の中で木の根っこから樹液を吸うだけなの。子供のうちはお日様の光を浴びることも出来ずにいるなんて可哀想だと思わない?」
「いや、別に蝉の気持ちなんて……」
「やっと、外に出て成虫になっても命は僅か一週間、この一週間で交尾の相手を見つけられなかった蝉は何のために生きていたのかしらね。まるで、あたしみたい」と、言いながらお姉さんはチラリとぼくの虫かごを見た。それから透き通るような瞳でぼくの目をじっと見る。その吸い込まれそうな瞳は「蝉を逃してあげて」と、言っているような気がするのだった。
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